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2009年11月 アーカイブ

2009年11月04日

京戸山〜達沢山

 大菩薩付近には長時間の縦走に適したコースがいくつもあるが、その中で前に歩いた笹子峠からカヤノビラキノ頭から清八峠のルートから外れて、京戸山系を歩くコースを選んでみた。
 しかし。2.5万分の1地形図を買おうと思いつつ、入手することができなかった。おまけに、どーせ登りだから、と思い、笹子の地形図も置いてきてしまった。これがあとで死を招くことになる。
 どうやって笹子峠へ到達するか? このルートのネタ本(松浦隆康『静かなる尾根歩き』)では笹子峠までタクシーを飛ばしているが、そういうのはフェアでないと考える筆者はルートを考えた。地形図に乗っている送電線沿いに甲斐大和から登るルートはもう以前経験済みだし、笹子からも甲斐大和からも国道沿いに歩くのでは興がない。というわけで、甲斐大和から笹子雁ヶ腹摺山〜笹子峠の間の稜線(小路沢ノ頭)へ出る尾根(北尾根)を歩くことにした。

 ガイドの通り橋を渡って左折する。この道はしばらくして日川の枝流に当って行き止まりとなるが、ここを渡るのはむりなようである。少し引き返して、尾根への踏み跡に入ってみる。よくわからないが獣道というにしては左右に傾斜を避けるように続いているから人間が歩いているようにみえる。水源林の保守のための作業道だろうか?

 しばらくして道が消える。尾根に上がればいいのはわかっていたのだが、道が消えているところに明らかにケモノが通っている踏み跡があり、尾根へ向かっている。これを笹などにつかまりつつ無理矢理登る。尾根に出ても、道があるのだかないのだかわからないような感じ。谷を挟んで見えている山々は、明らかに笹子雁ヶ腹摺山系のような雰囲気なのだが、地図を持ってこなかったため、自分のいる位置がよくわからない。まあ、万が一進めなくなったら引き返せばよいし、進んでいって変な場所に出る可能性はあまりない(冷静に考えれば、笹子峠と笹子雁ヶ腹摺山を結んだラインから外に出てしまうことはありえないのだが)と判断し、急峻な痩せ尾根を辿ることにした。

 延々と二時間余りが過ぎ、送電線の保守路に合流する。場所からみて、笹子雁ヶ腹摺山に近い「どこか」にいるはずなのだが、どこなのだろう? とりあえずその保守路を辿ってみる。どんどん進むと登りになり、ピークに上がっていくようだ。登りきった時にあっと思った。そこには、前にみた「笹子雁ヶ腹摺山」の表示が・・・筆者が辿ったルートはまさに小路沢ノ頭北尾根そのものだったのである。想像だが、例の著者が歩いた五年前に比べて、このコースはかなり荒れているのではないだろうか。

 当然、もときた道のほうに向かって「笹子峠」の標識がある。この時点でかなり疲労困憊を覚えていたが、時間はまだ10時半にもなっていない。笹子峠まで行ってそこで考えることにした。やっぱり12時前に下山するのも何なので、そのまま三境(カヤノビラキノ頭)まで突進することにした。ケモノ道の突進が効いて、休み休み歩く。三境まで来ると、ここから前回のルートとは正反対に歩いてゆくこととなる。マイナールートのさらにマイナーコースとあって、絶対に人に会う心配はない。ここまでは笹子雁ヶ腹摺山の山頂でひとり、笹子峠から笹子雁ヶ腹摺山までの道で数名に会っただけで、小路沢ノ頭北尾根および笹子峠〜カヤノビラキノ頭までは誰とも会っていない。

 ここから京戸山まではあまり歩かれていないと思われる道である。迷う場所は尾根上で皆無だが、ところどころ道が崩壊ぎみである。写真には取らなかったが、突然真新しい道標(カヤノビラキノ頭にある詳細なコース図と同じ材料でつくられている)があらわれ、びっくりする。「京戸林道」というのがルートの南側にあるらしい。ここからほどなく京戸山系最高点に達する。そこから達沢山までは、一度かなり下ってもう一度登ることになるが、その鞍部(ここにふたたび道標があって、「立沢林道」がこの南にやはり伸びていることになっている。おそらく、この道のことであろう。

 山頂で年配の夫婦に会う。「文台山いったことある?」と聞かれたので、まだない、御正体山へ抜けるルートがあるのは知っている、と答える。いずれそのコースにはゆく機会があろう。さて下山は北東尾根からのつもりであったが、反対側に延びている明瞭な下山道を北西へ向かう尾根とかんちがいをしてしまう。地形図を持っていなかったのが致命的となった。北西尾根へ入るには、まず北西の尾根へ向かい、次の分岐で真北に向かわなければならなかったのだ。ところが、GPSをみると見事に西尾根に入っている。これではどうしようもない。

 尾根をまっしぐらに進んでいると、この地点で古い木のプレートに出会う。直進したらまずそうなことだけはわかったので、「狐新居」がどこかわからないけれども北側の尾根を降りてみる。ところどころに古いテープがあるが、登りにはまったく不向きな、急峻な尾根である。人が歩いている気配は感じられない。ここを降りてゆくと、ここの沢に出た。ここで道が消滅していたので困った、と思っていたら、対岸に林道が走っているのを発見。延々とその林道を下って、「狐新居」に出た。ここから中央道の釈迦堂SAに向かい、高速バスで東京へ戻った。

 あとでGPSをみて、愕然。写真はここに置いてある。

http://picasaweb.google.com/daepodong/091101#

横浜トレラン&吉行淳之介

 さいきんいろいろあってほとんど本が読めていない。せめて山にはコンスタントに行きたいと思っている。寒波襲来と体調不良のため、本格的な「山」には行かなかったものの、「山」に登った気分になれる場所へ行ってきた。

 自宅を11時過ぎに出る。東横線で横浜へ出たあと、東海道線で大船へ。根岸線に乗り換え、ふたつめの駅が港南台である。ここから県立上郷高校を目指す。高校に沿っていたち川の支流が流れているが、これに沿って田園風景が開けている。外来植物を駆除しているひとたちがいて、「五分でもいいから手伝ってくれませんか」と言われるが、右手が使えないためにお断りする。ごくろうさまです。

http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/green/enkaizan_map/enkaizan.pdf

 中尾根休憩所を経ていっしんどう広場へ出る道は土砂崩れのため封鎖されているが、この道の入口に水場がある。飲んでみたが、おいしくはない(笑)。しかし沢まで流れていると思うと、恐れ入る。

 よって池の下広場からは、池の上休憩所〜漆窪休憩所〜大丸広場を経ていっしんどう広場へゆくことになる。ここからは「ビートルズトレイル」を歩いて(走って)ゆくが、その前に円海山へ寄ってゆくことにする。

 このトレイルはまさにランニング向きのコースだ。走っているひとも多数みかけるし、展望もよく、遠く丹沢山塊や富士山を望むことができる。ここから大丸山を経て市境広場まで一瀉千里にゆくことができよう。

2009年11月08日

横浜トレラン&吉行淳之介(2)

 鎌倉市内に入っても基本的な風景には変わりはない。どこへ降りるか考えるが、建長寺ではなく瑞泉寺に降りたが、「鎌倉トレイルラン」のコースは、あらためて調べてみると、建長寺〜北鎌倉〜長谷〜稲村ケ崎というコースのようだ。

http://chizuz.com/map/map3469.html

 まあ、いいや。また鎌倉へ行くことがあったらこのコースを走ってみよう。

最近の読了
 吉行淳之介「原色の町・驟雨」新潮文庫 B

 人間の不思議は、それだけを取ってみれば単なる物理運動に過ぎない「性行為」とか、性行為以外の方法でも容易に到達可能な「オーガスム」とかを、一生掛けて興味を持って追求してやまないところ(全員でなくても少なくとも一部は)である。
 同様に、性を文学のテーマとし続けた吉行氏も不思議な作家である。同じ題材を取り上げて、よくこれだけ異なる作品が生み出されるのであろう。
 先日もまだ人間の体の構造--解剖についてさえ、まだよくわかっていない部分があるということにびっくりさせられたが(ほとんどの医師は、マクロ解剖学という分野については、もう終結している学問であるという認識を持っている)、性についてもわれわれはまだわかってないことがたくさんある、ということであろう。性の実践については、何千年も前から、おそらくほとんど変わってないことだろうに。

2009年11月11日

TFCC損傷(11)

 受傷より約三ヶ月経過。痛みもほぼなくなってきたため、トレドミンの内服も中止している。底屈・背屈のみのリハビリを開始しているが、サポーター(マヌヒット)をつけていても、ふとした動きで回内・回外(ひねり)が加わってしまうと、「ごきっ!」という感触があって、激痛が走る。この激痛、何となく関節面が合っていない・・・つまりDRUJの痛みのような気がするのである。

 リハビリ用にサポーターを変えることにした。マヌヒットでは固定が頑丈過ぎてリハビリには向かないからである。慶大医学部(中村俊康講師ら)が発表しているTFCC損傷の保存的療法の文献に「リストケアプロ」というサポーターの記載があり、「われわれが開発した」と書いてあった。一般に市販はされていないだろうと思っていたら、何とインターネット通販で入手可能なのである(楽天にあった)。

 装着してみるが、かなりマヌヒットと違いがある。
1)マヌヒットはアルミ板が二枚(掌側、背側)入っているが、リストケアプロは一枚(掌側)。
2)マヌヒットのほうが長い。よって固定力は強い。反面、リストケアプロは短く、アルミ板を外してリハビリに使えるよう考慮されている。
3)リストケアプロは固定の具合を同梱されているバンドを用いて強化することができる。

 といったところである。早期の固定にはマヌヒットが、リハビリ期にはリストケアプロが適していると思われる。

_SDI0407.jpg

_SDI0404.jpg

 装着してグリッパーをやってみると、力が入るような気がする・・・明日、リストケアプロを装着した状態で握力を測定してみようと思うが、それで向上しているようだと、DRUJの不安定性があるということだから、完全回復にはオペが必要だということだよね・・・

天城縦走

 これは・・・登山ではない。

 特に天城高原ゴルフ場からのルートを取った場合、最高峰である万三郎岳までの標高差はわずか400m! いくら万二郎岳〜万三郎岳のアップダウンがあるといってもたかが知れているのだ。

 このコースの魅力は、これだけポピュラーな場所であるにもかかわらず、自然林が多く残されていること。これは万三郎岳から戸塚峠を経て、白田峠に至るまで続く。白田峠を過ぎると延々と半分植林されたトラバース道となり、興が削がれるが、それでもここまでの道は縦走路を選んでよかったと思わせるものだ。シャクナゲの季節でない方がきっと静かに歩けるであろう。おそらく冬季は軽アイゼンさえ忘れなければ素晴らしい散歩が楽しめるのではないか。霧氷が見れる、とは運転手さんの弁。

 八丁池で天城峠からの遊歩道に合流して、人は急に多くなる。ここから先は特に記すことはない。上り御幸歩道が復旧されたことだけ書いておこうか。

2009年11月14日

ripping

本日の購入(書籍)
 坂口菊枝「ナンパを科学する」東京書籍
 小島信夫「信濃」講談社文芸文庫
 スチーブンソン「ジキルとハイド氏」光文社古典新訳文庫

 坂口氏の本は、何かの記事で日経に彼女が書いた記事が紹介されていて、面白いと思って買ったものだが、内容を半分くらい読んでみると、そうでもなかった。。。

本日の購入(音楽)
 頭脳警察「俺たちに明日はない」
 「がんばろう 日本の労働歌ベスト」
 「ヴォルガの舟 ロシア愛唱歌集」

 う〜ん、末期だ。

 ところで本日、以前に購入したJanos Starkerのコダーイをrippingしているときに、これは筆者が欲しかった1950年のPeriod盤(バルトークの息子ペーターによって録音された、名演・名録音と言われるもの)と異なる演奏であることに気付いた。

 買い直さねば。

2009年11月20日

星の王子様・アメリカ・ナンパ

 受傷から三ヶ月、ようやく握力が20kgを超えるようになった。リハビリを続ければ完全回復するのか? まだ回外・回内も、掌屈・底屈もROMがかなり制限されている。最終的に手術(関節鏡)が必要になるかどうかは、まだわからない・・・

 こんかいより本の評価をもう少し細分化することとした。B評価を三段階とし、B1・・・Aに近いB評価、B3・・・Cに近いB評価、とする。

最近の読了
 塚崎幹夫「星の王子さまの世界」中公文庫 B2
 加藤典洋「アメリカの影」講談社文芸文庫 B3
 坂口菊恵「ナンパを科学する--ヒトのふたつの性戦略」東京書籍 B1
 
 「星の王子さま」は、間違って買ってしまった本。気付いたら袋の中に入っていた。当然ながら本書は「星の王子さま」の読了後に読むべき本である。本書を読む上で注意したいのは、本書は演繹的な視点から書かれているわけではない、ということである。サン=テグジュペリの伝記的な部分は、そこから「星の王子さま」の真意を導くために用いられているわけではなく、著者の読みをサポートする傍証として引用されていることに留意すべきだ。つまり、すべては著者の原典を読み込むためにあるのであり、質の悪い評論家(小谷野某など・・・ゴメンナサイ)のように作家の伝記から作品の意図に迫るという「反則」を犯しているわけではない。

 加藤典洋の「衝撃のデビュー作」、今読むとまったく衝撃とは感じない。それも、本書で槍玉に挙げられている江藤淳にとってアメリカが特権的な地位を占めていたと同様、加藤にとってもそのポジションは違えど、同様であるからである。
 筆者が考える日本における真の黒幕は、アメリカなのではなく(いやアメリカであることは確かなのだが)資本主義であり、そして資本主義を支えるキリスト教文化であり、労働の特権化、とりわけ労働にこそ人間の自己実現はあるとするイデオロギーである。筆者がソルジェニーツィンの「イワン・デニーソヴィチの一日」を称揚するのは、それが労働を賛美しているからではなく、どんなに絶望的な状況であっても、何か(本作のばあい、それは労働であった)を成し遂げることで、生き甲斐を見つけることができるのだ、というメッセージのためである。いわば、その生き甲斐が労働であったという事実は、強制収容所にいるわけではない現代人の多くが労働を生き甲斐にしている、という現実に、鋭い皮肉を突きつけているとも読めないか、と筆者はおもう。

 菊坂氏、日経BPに面白いインタビューを載せていたので、読んでみる気になったが、若干のイヤミが鼻につかぬでもない。ひとつは、日経のインタビューに顔写真を頻繁に上げていること。「自分が二十歳くらいの時にしばしばナンパされるのが嫌でしかたなかった」と語る彼女が、わざわざ現在の写真掲載(しかも一度のみならず)に許可を与えたことは、何を物語るのか。もうひとつは経歴のところ、「高校卒業後、フリーターを経て東大入学」とあることである。著者のアタマのよさを誇示するような経歴を誇らしげに書くその真意は?
 内容、前半は面白く、後半はつまらなかった。しかし神経内分泌学の予備知識があまりない読者にとっては、後半のほうがむしろ面白く読めるかもしれない。本書のバックグラウンドとして社会構築的なフェミニズムが飽きられて、E.O.ウィルソンに端を発する生物学的アプローチが見直されていることは、本書にも述べられているが、その潮流に乗ったところが本書の面白さを押し上げていることは著者にとって幸いであったであろう。
 本書の主張は、副題のように「ヒトのふたつの性戦略」が人類の繁栄に寄与してきた、ということである。ヒトをサルのように生物学的視点から研究する、というアプローチとその結果については、そういう発想から遠いところにいたヒトにとってほど面白く読めるであろう。あの名著「ソロモンの指輪」が人間に適応されたらどのようになるか、本書を読む前に想像してみると面白いかもしれない。

大山ナントレ

 なんちゃってトレラン、略してナントレの話。

 筆者のとっておきのトレランコースがこの秦野~蓑毛~大山~蓑毛~鶴巻温泉の尾根筋ルート。朝が早ければほとんど人に会うこともなく、静かなトレイルランが楽しめる。難点は、日が高くなると人の出没頻度が高くなること。地元のハイカーに愛されている道らしいので、仕方がないだろうか。

 弘法山への取り付き、そこに至るまでの道は知らないとわかりにくいだろう。たぶんこの地点である。ここからはよく整備された道を弘法山まで歩くが、最初にあるのが浅間山、次に展望台のある権現山、そしてこの山域の中心に存在する弘法山である。ここで善波峠の蓑毛分岐を北上せず、そのまま鶴巻温泉へ下れば、よいハイキングコースとなろう。ここを北上するといよいよ大山へ続く尾根となる。

 ここから念仏山を経て高取山へ向かうルートは意外とアップダウンがある。善波峠が200m、高取山が556mだからわずか350mの標高差だが、それ以上の感じがするはずである。尾根の半分は植林されているという、関東によくありがちな尾根だが、低山にもかかわらず意外に深山の趣があり、退屈しない。

 高取山からはぐんぐん下ってしまい、約100m下って鞍部に達し、そこから小蓑毛分岐へ登り返す。この鞍部から道は林道となり、今までの雰囲気は失われるから、大山まで行くのはきついと思われる方は、林道合流点で引き返されるのもいい選択だと思う。小蓑毛を経てさらに登り、浅間山から少し下ると蓑毛分岐である。ここは大休止するのによいだろう。約660m、ここから1252mの大山までは600mの標高差がある。

 ここから山頂までは階段の連続! きつい。地形図でみる以上にきついと思われるが、またこれもトレラン向きたる理由である。結局、7:00から歩きはじめて、三時間半で大山到着。蓑毛分岐からはだいたい一時間弱の行程である。

 帰り、善波峠で鶴巻温泉に抜けるところ、途中で道を間違えて(ありえない・・・)結局もときた秦野に下山。13:30に到着しているから、二時間半で下山したことになる。なかなかよいトレーニングであった。

 グラフはこちら。写真はこっち

2009年11月22日

御正体山まで六時間!

 御正体山は道志山塊の最高峰であり、以下のいくつかのことで有名な山である。

・展望がない
・ブナの樹林がよく保存され、山梨の美林百選にも選定されている。
・二百名山に選定されている
・皇太子が登ったことがある

 大きい山であり、東は道坂峠(どうざかとうげ)にて道志の主稜(赤鞍岳や今倉山)に接続し、西は山伏峠にて甲相境界尾根や石割山に繋がっている。

 主な登山コースは次のものである。

1)菅野から登る表参道コース
2)道志川沿いの白井平からのコース
3)山伏峠から奥の院、中の院を通って登るコース(皇太子下りルート)

 が代表的なもので、他に
4)鹿留川沿いの池の平からのコース(皇太子登りルート)
 の四つが地形図に書かれており(以前池の平コースは書かれていなかった。皇太子登山によって正規ルートへ昇格したか?)、
5)道坂隧道(どうざかずいどう)コース
 は地形図にはないが、やはり比較的古くからあるルートのようである。以前、筆者はこのスルートを積雪期に登り、ハマった。あのときはラッセルで五時間半かかっているが、今は積雪期でない。いったい、どんなルートで登ると六時間かかるのか、想像できるだろうか?

 起点は富士急の十日市場駅である。地形図をみると、十日市場駅の東側と西側にそれぞれ破線が延びているのがわかる。これを利用して、尾崎山へ登ってしまおうという趣向である。

 事前情報として、697m鉄塔からこの山に登れることは知っていた。そして、この鉄塔へ辿り着くいちばんわかりやすい方法は、東桂駅からこのあたりへ行き、取りつくことらしい。また、車窓から「田原の滝」と書いてあるあたりは、運動公園になっていて、この右側(東側)の破線から鉄柱の巡視路に沿って登山道が整備されていることは容易に想像された。それではつまらない、というわけで、左側(西側)の破線から取りつくことになる。

 例によって、このあたりで薄い踏み跡は追跡不能となる。こちらの尾根に乗ってしまえば、尾根伝いに鉄柱へ行けると判断、強引に登ることにする。こういうことをするから体力を温存できないのだが・・・

 でも、読み通り697m鉄柱のひとつ東(左)側の鉄柱に辿り着いた。ここに、「遊歩道」というプレートがあり、びっくり。シカによって思い切り掘り起こされている道で、人間は数年間通っていないという感じの道であった。。。

 698m鉄柱のところには「登山道」の赤プレートが。しかし、元来た道と、東桂側へ降りる道にしか道標がない。地形図からみてもここは南側へ上っていかなくてはならない。あたりを見回ると、細い電線沿いに、道が上方へ延びているのを発見。ここを登っていくと、800mあたりに集合アンテナが建っている。ここを超えてしばらく歩くと尾崎山である。8:30到着。歩きはじめが7:21だから、約一時間ちょっとで到着。いいペースである。

 さてここから。事前の地形図の予習で、このピークはいかにもそのまま直進して菅野川の方向へ引き込まれそうだなーと思っていたら、本当に引き込まれてしまった。ここ、引き返さずに無精をしてトラバースで南側尾根へ移ろうとしたら、かえって時間と体力を浪費してしまう結果となった。ここで20分のロス。

 次の895mピークは気付かないかもしれない。筆者はここのピークを目指して登っていると思っていたら、いつの間にか1199mピークへ登っていることに気付きびっくりした。ここの登り、地形図の等高線から受ける感じよりはずっと緩いかんじである。登り着いた先が文台山。10:15着。ここで二時間弱かかっているのはちょっと掛かりすぎか。

 この尾根を左(東)へそのまま下れば細野集落であり、道標にもそのように書いてある。ここは標識のない南側の尾根に入らねばならない。このあたりから、小ピークには必ずといっていいほど複数の踏み跡があり、正規ルート(御正体山へ向かう尾根)のほうが踏み跡が薄かったりするので、あくまで地図を呼んで自信を持って進まねばならない。

 このあたりから徐々に尾根が細くなってくる。この1320mピークのあたり、岩稜が出てきて痩せ尾根であり、とくにここを下りに取る場合、細心の注意が必要である。しかし逆に岩稜で細い尾根ということは見通しが利くと言うことでもあり、杓子山・富士山の絶好のビューポイントとなる。

 この山頂、字が消えかかって読めない標識があったが、こちらのblogによると「ハガケ山」と書いてあったようだ。この五年間にこのルートはかなり荒廃してしまったようで、道標はあるものの分岐にはまったくなく、役に立たない。またハガケ山から先は潅木によってルートが塞がれていて、かなり歩きにくい。11:30ハガケ山。

 ここで時計をみて愕然とする、御正体山へは11:00くらいには着くつもりでいたからだ。しかし奥高尾ならともかく、バリエーションルートでかなりのロングコース、むしろ時間的には健闘しているほうかもしれない。ここからさらに進み(ここまで来てもやはりルートファインディングには細心の注意を払わなくてはいけない・・・)、池の平ルート、菅野ルートと次々合流し、御正体山山頂へ着いたのは何と13時! 正確には、前回(積雪期)と同じように、5時間40分くらいかかっていることになる。

 さて、ここから山中湖畔の平野へ降りることになるが、平野から新宿行きの高速バスに乗るためには、15:25までに着く必要がある。山頂には「山伏峠バス停まで2時間40分」とある。間に合わねえじゃないか!!!

 で、ここから先はトレランモードとなる。落ち葉が積もった柔らかい道を一気に駆け降りる。ここはかなりトレランとしてはお勧めの道である。山伏峠と石割山への分岐まで一時間で降りてしまう。ここから当初の予定では石割山を経て平野へ降りる予定であったが、さすがにそれは無理と判断、おとなしく山伏峠から県道を平野へ降りた。

総括:
1)このルートは、(超)健脚向きである。
2)このルートは、ヤブ漕ぎが必要である。
3)このルートは、テクニカルなむずかしさは必要とはされない。
4)このルートは、地形図が読めることを必須とする。
5)このルートは自然林が豊富で、一部は展望もよい。

 丹沢・道志山域で、鹿留川の対岸にある、東桂からの杓子山縦走ルートと並んで、屈指のロングコースである。累積標高差は2300mを超える。グラフはこちらである。写真はこちら

2009年11月25日

扇山・百蔵山

 ポピュラー過ぎて行けない場所というものがある。山で言うと、東京近郊であれば、高尾山や伊豆ヶ岳などであろうか。しかし、高尾山はすでにトレイルランのコースとしては超メジャーであり、奥高尾を陣馬山から生藤山方面へさらに進めば結構なコースとなる。伊豆ヶ岳に関しても、正丸から登って子の権現へ降りるポピュラーなコースではなく、武川岳と繋ぐようなコースとすれば(その武川岳も天狗尾根コースとするのである)かなりの難コースとなる。

 そうやって工夫次第でどんな人気ある山といえども、静かな山歩きをすることはたいてい可能であるが、「中央線沿線で最もポピュラーな山」といわれる扇山に関してもそれは例外ではない。以前から、中央高速を走るバスに乗って、談合坂SAで降りれば直接アプローチすることが可能であることは知ってはいたが、今回ある偶然によってバリエーションルートからの登頂が出来た。

 新宿駅西口バスターミナルを七時に出発する高速バスに乗れば、談合坂に八時過ぎに着くことができる。ただ、注意しなくてはならないことは、このバス停は、ふたつに分かれている談合坂SAの、下り車線に存在するということだ。このバス停の名前も「中央道野田尻」となっているように、上野原市野田尻のSAということになる。つまり最寄りの山は不老山であり、扇山までは少々歩く必要がある。

 SAを出て歩きはじめてまもなく、地元のひとに声をかけられる。扇山への道を教えてくれたのだが、じっさいにゆくとそれは不老山への道だった。県道30号線を西へ歩いてゆくと、一台のクルマが後ろから近づいてきた。何と先ほどの地元のかたが、娘さんの運転のもとわざわざ来られたのである。扇山への道をあらためて教えてくださろうというのである。

 ご好意にはかえって恐縮してしまったが、せっかくなので、棚頭の先の入(いり)地区まで乗せて頂くことにした。ここから東側の尾根に登るバリエーションコースがあるのを知っていたからである。かくして、扇山への初登頂はバリエーションルートからとなった。

 北側の尾根に取りつけばいいのはわかっていたので、何か奥に入り過ぎたかなあと思ううちに、扇沢沿いに進む踏み跡を見つける。この踏み跡の先にきっと尾根への道が分岐しているだろうと勝手に決めて進む。ところが沢沿いの道は途中で途絶していた。仕方がないので北側の急斜面(もちろん道はない)を強引によじ登る。突破した尾根は高度720mくらいで、東側から道が延びてきていた。踏み跡とは言えない、立派な道である。

 かくしてこの道を西に向かって歩く。最初は植林の中の平凡な道であるが、徐々に雑木を交えるようになる。地形図の通り進み、浅川峠からの道を合流してほどなく頂上である。珍しく富士山が綺麗に見える。

 ここから百蔵山までは400m下がって300m登るという、結構なアルバイトがある。雑木も豊富で雰囲気の良い(そして意外に静かな)尾根を味わいながら歩くとよいだろう。百蔵山に着いたのは一時を回っており、太陽が南中するために南側の展望は損なわれる。しかし三ッ峠、御正体山、そしてもちろん富士は確認することができる。猿橋ニュータウンもである。

 地形図上の、百蔵山の登山路(下山路)の位置は、まちがっている。下和田に降りる道ではなく、葛野へのルートを選んだが、途中の800mピークから、南側の尾根へ下りる道があり、これを選んだ。登りにはまったく適さない急降下であるが、途中で山の神にぶつかり、そこからは緩やかな下りとなる。もともと山の神までが本来の道であり、そこから上はあらたに急造した道という感じであった。

 帰り、秘湯といわれる湯立人温泉へ立ち寄ろうとするが、前もって電話をしておかないと入れないということであった。ここは、リベンジせねばならない。しかし、ここが温泉とは誰も思うまいよ・・・

扇山ルート

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