京戸山〜達沢山
大菩薩付近には長時間の縦走に適したコースがいくつもあるが、その中で前に歩いた笹子峠からカヤノビラキノ頭から清八峠のルートから外れて、京戸山系を歩くコースを選んでみた。
しかし。2.5万分の1地形図を買おうと思いつつ、入手することができなかった。おまけに、どーせ登りだから、と思い、笹子の地形図も置いてきてしまった。これがあとで死を招くことになる。
どうやって笹子峠へ到達するか? このルートのネタ本(松浦隆康『静かなる尾根歩き』)では笹子峠までタクシーを飛ばしているが、そういうのはフェアでないと考える筆者はルートを考えた。地形図に乗っている送電線沿いに甲斐大和から登るルートはもう以前経験済みだし、笹子からも甲斐大和からも国道沿いに歩くのでは興がない。というわけで、甲斐大和から笹子雁ヶ腹摺山〜笹子峠の間の稜線(小路沢ノ頭)へ出る尾根(北尾根)を歩くことにした。
ガイドの通り橋を渡って左折する。この道はしばらくして日川の枝流に当って行き止まりとなるが、ここを渡るのはむりなようである。少し引き返して、尾根への踏み跡に入ってみる。よくわからないが獣道というにしては左右に傾斜を避けるように続いているから人間が歩いているようにみえる。水源林の保守のための作業道だろうか?
しばらくして道が消える。尾根に上がればいいのはわかっていたのだが、道が消えているところに明らかにケモノが通っている踏み跡があり、尾根へ向かっている。これを笹などにつかまりつつ無理矢理登る。尾根に出ても、道があるのだかないのだかわからないような感じ。谷を挟んで見えている山々は、明らかに笹子雁ヶ腹摺山系のような雰囲気なのだが、地図を持ってこなかったため、自分のいる位置がよくわからない。まあ、万が一進めなくなったら引き返せばよいし、進んでいって変な場所に出る可能性はあまりない(冷静に考えれば、笹子峠と笹子雁ヶ腹摺山を結んだラインから外に出てしまうことはありえないのだが)と判断し、急峻な痩せ尾根を辿ることにした。
延々と二時間余りが過ぎ、送電線の保守路に合流する。場所からみて、笹子雁ヶ腹摺山に近い「どこか」にいるはずなのだが、どこなのだろう? とりあえずその保守路を辿ってみる。どんどん進むと登りになり、ピークに上がっていくようだ。登りきった時にあっと思った。そこには、前にみた「笹子雁ヶ腹摺山」の表示が・・・筆者が辿ったルートはまさに小路沢ノ頭北尾根そのものだったのである。想像だが、例の著者が歩いた五年前に比べて、このコースはかなり荒れているのではないだろうか。
当然、もときた道のほうに向かって「笹子峠」の標識がある。この時点でかなり疲労困憊を覚えていたが、時間はまだ10時半にもなっていない。笹子峠まで行ってそこで考えることにした。やっぱり12時前に下山するのも何なので、そのまま三境(カヤノビラキノ頭)まで突進することにした。ケモノ道の突進が効いて、休み休み歩く。三境まで来ると、ここから前回のルートとは正反対に歩いてゆくこととなる。マイナールートのさらにマイナーコースとあって、絶対に人に会う心配はない。ここまでは笹子雁ヶ腹摺山の山頂でひとり、笹子峠から笹子雁ヶ腹摺山までの道で数名に会っただけで、小路沢ノ頭北尾根および笹子峠〜カヤノビラキノ頭までは誰とも会っていない。
ここから京戸山まではあまり歩かれていないと思われる道である。迷う場所は尾根上で皆無だが、ところどころ道が崩壊ぎみである。写真には取らなかったが、突然真新しい道標(カヤノビラキノ頭にある詳細なコース図と同じ材料でつくられている)があらわれ、びっくりする。「京戸林道」というのがルートの南側にあるらしい。ここからほどなく京戸山系最高点に達する。そこから達沢山までは、一度かなり下ってもう一度登ることになるが、その鞍部(ここにふたたび道標があって、「立沢林道」がこの南にやはり伸びていることになっている。おそらく、この道のことであろう。
山頂で年配の夫婦に会う。「文台山いったことある?」と聞かれたので、まだない、御正体山へ抜けるルートがあるのは知っている、と答える。いずれそのコースにはゆく機会があろう。さて下山は北東尾根からのつもりであったが、反対側に延びている明瞭な下山道を北西へ向かう尾根とかんちがいをしてしまう。地形図を持っていなかったのが致命的となった。北西尾根へ入るには、まず北西の尾根へ向かい、次の分岐で真北に向かわなければならなかったのだ。ところが、GPSをみると見事に西尾根に入っている。これではどうしようもない。
尾根をまっしぐらに進んでいると、この地点で古い木のプレートに出会う。直進したらまずそうなことだけはわかったので、「狐新居」がどこかわからないけれども北側の尾根を降りてみる。ところどころに古いテープがあるが、登りにはまったく不向きな、急峻な尾根である。人が歩いている気配は感じられない。ここを降りてゆくと、ここの沢に出た。ここで道が消滅していたので困った、と思っていたら、対岸に林道が走っているのを発見。延々とその林道を下って、「狐新居」に出た。ここから中央道の釈迦堂SAに向かい、高速バスで東京へ戻った。
あとでGPSをみて、愕然。写真はここに置いてある。
http://picasaweb.google.com/daepodong/091101#

