山登りがこんなに辛く感じたのははじめてだったかもしれない。
丹沢の主な山はほぼ登り尽くした(?)ような気がしているが、その中でまだ未踏な山が鳥ノ胸山であった。このマイナー(?)な山が山梨百名山に入っているのは、ひとえにその地理的要因にあると思われる。
丹沢山地は神奈川県と山梨県の両県にまたがっているが、その県境はどこにあるかというと、道志川である。道志川を遡ってゆくと、道志ダムと奥相模湖があり、さらにその西方で支流神ノ川を出している。その道志川本流と神ノ川のあいだが県境尾根であり、ここには大室山へ向かう登山路がある。かつてはマイナーだったが、トレイルランの大会が行われてから正規ルートへ昇格したようだ。
この県境尾根は裏丹沢の盟主、大室山から加入道山を経て、城ヶ尾峠へ向かう。当然百名山に加えられるべき西丹沢の名峰、畦ヶ丸はこの主稜線からわずかに外れて神奈川県側にあるから、山梨の山ではない。そしてなぜか菰釣山が選から漏れているのだが、その理由はよくわからない。そして鳥ノ胸山は同様に主稜線から山梨県側へ外れている。これが選ばれた理由だろうか。
この山は、通常は「道の駅 どうし」とか「道志の森キャンプ場」とかから登るのがふつうであるらしいのだが、「道志の湯」からも尾根伝いに登れるらしい。ただ、途中で山の東側に通っている林道を横切ることになる。
はっきり言って、このコースはよくわからない。取り付きも、道志の湯の向かい側にあるキャンプ場に入って、その左手の植林帯の登れそうなところから登っただけである。注意しなければならないのは、925.9mピークの手前に、地図に書いてない林道が走っていることである。この林道は、たぶん鳥ノ胸山東側の林道に合流するのではないだろうか。
925.9mピークに達したのちは、南側に尾根を下ってゆくと、林道にぶつかる。筆者はどこが越路峠なのかわからなかったが、この林道の一番高い地点のことらしい。地形図をみるかぎり、筆者の通ったルートが正規のルートらしいのだが、ここには道は存在しない。
ここからさらに鳥ノ胸山へ登ってゆく。標高差はたかだか360mくらいしかないはずなのだが、遠く遠く感じる。1050mのあたり、右手から尾根が合流してくるが、ここから道らしきものが出現してくる。このあたり、あまり辛くて十メートルくらい登ると立ち止まる、ことを繰り返していた。
さらに尾根を登ってゆくと山頂の南側の小ピークに着くのだが、ここから道は明瞭になる。何やら山頂が騒がしい。かなりの大部隊がいて、しかも続々と上がってくる。この山、これほどメジャーだったか? 要するに、麓にキャンプがたくさんあること、道の駅から周回コースが取れ、しかも標高差があまりなく手ごろだとか、そういう理由で人気があるらしいことを後で知った。
早々に山頂を辞する。ここから下山して帰りたかったが、道志側へ降りると帰りの足がない。西丹沢へ行くしかない。幸い、ここからの道のりにきつい登り下りはない(地形図からわかる)。意を決してゆくことにした、が、、、
ない。
コンパスをどこかへ落としてしまったらしい。
救いは、辺りが望見できることだ。大界木山も、そして左手に見える山は、畦ヶ丸だろう。これで軌道修正しながらゆけるだろう。まず、100mの下りの次は平坦地になり、そこから緩く登り返したピークが雑木ノ頭だ。ここで右手に「道志の森キャンプ場」への道を分けるが、地形図から正解は「道志の湯」方向、つまり左手の道であることは容易にわかる。1146mピークにも何か標識があったが忘れてしまった。ここを直進し、しばらくゆくと道は左手に折れて曲がる。ここ、直進または右手方向へ行くのが正しい(城ヶ尾峠方向)ルートだと思って探してみたが、見つからない。あとで軌道修正すればいいかと思い、道なりに下ってゆくと、しばらくして眼下に林道が見えてきた。あれ? と思い、林道へ降りていったら、これが「道志の湯」から伸びてきている林道であった。ここが浦安峠である。
城ヶ尾峠へ直接出るルートはどうやらないらしい。すぐに「大界木山」と書かれた古い標識と、林道から向かい側の尾根へ登る登山道を発見できる。ここから30分で大界木山へ行けるようだ。
ここまでの道で、鳥ノ胸山からの下山のところで1パーティを抜かし、途中で単独行ひとりとすれ違っている。城ヶ尾峠からの縦走路と合流し、そろそろ大界木山というところでもう一人の単独行の男性を追い抜く。
城ヶ尾峠〜大界木山以降は東海自然歩道であり、随所に標識あり、地図がなくとも迷うことはない。程なく畦ヶ丸である。途中に一箇所道志へのエスケープ・ルートがある。畦ヶ丸への最後の登りは地形図ほどは苦しくはない。
帰りは、善六のタワからのバリエーションで帰ろうかとも思ったが、疲労していたしそのまま西沢への正規ルートで戻ることにした。意外に早く戻ることができた。
今回の山行が苦しかったのは、体調だけではなくて、いろいろなことを考えながら歩いていたからなのだが、山歩きが愉しめなくなったら、もう思い残すことはないかな。