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2006年01月12日

ファシズムについて

あれ、トラックバックできないようになってる・・・

 >こんな人たちに自己の生死と未来を預けてしまったドイツ国民云々
 こういう書評を書く人間は、おそらくノーテンキなサヨクの人間だと思うのだけれど、歴史というものを知らなすぎる。すでに、この分野の古典とも言えるハンナ・アレント「全体主義の起源」は、ファシズムの源流は反ユダヤ主義であり、それを担ったのはモッブという階層の人間であり、さらにモッブを生み出したのは近代資本主義であることを立証しているのだから、そんなに簡単に言えてしまうわけはない。なんせ、ハイデガーのような、当時のドイツ最高の知識人のひとりですら、ナチスを支持しているのだ。
 仲正昌樹「日本とドイツ 二つの戦後思想」(光文社新書)のような手軽に読める本でも、その辺の事情は説明されているので、せめて読んで欲しいと思う。最低限、アレントとフロム(「自由からの逃走」)を踏まえないファシズム批判は意味をなさない。ニュルンベルグ裁判で、戦後ドイツはホロコーストを一部の人間にのみその罪を被せることに成功したわけだけれど、後述するように、日本と同じく、むしろ一般大衆が積極的にナチスを支持した(ホロコーストじしんを支持したわけではないけれど)という側面もあったのだった。だから、「気付いたときには後戻りができなかった」わけでもない、と筆者は考えている。
 斎藤茂吉も、太平洋戦争開戦の際、戦争を賛美する歌を詠んでいる。
 筆者がいいたいのは、「だから歌人の風上にもおけない」ということではない。あの当時、与謝野晶子なども含めて、ほとんどの文化人は開戦を支持したのだった。これは、単に日本ファシズムに乗せられていた、という単純な事実を意味しない。
 思うに、ことの発端をつくったのは日本の中国侵略だったとしても、それによる米国の経済制裁、在米日本人の迫害などに対して、出口のなさを感じていた日本人がほとんどだったのだろう。それは、日本を非難しつつ、植民地経営を行っていた国(英仏)、直接の植民地経営はしていなくても(フィリピンは準植民地とは言えるが)経済的に植民地を得ていた国(米)が、みずからの悪は既得権として棚にあげて、後進国を非難する、という、日本・独・伊に共通する不平等感を煽っていた、という、ダブルスタンダードに対する抗議があったのではないか。
 もちろん、「盗人にも三分の理」の三分を強調することは許されないが、全体主義体制の成立は当時の国民にとってはそれなりの利益として作用していただろうことは容易に推測がつく。非合理的な体制が長続きすることもあるが(某国のように)、それよりも当時ファシズムは合理性を持った体制であったというところから議論を出発させるほうが生産的だろう。

2006年02月03日

ヒトラー

 遅ればせながら、「ヒトラー 〜最後の12日間〜」を観た。
 思うのは、やはり自分がその場に居合わせたとして、どういう行動を取っていただろう、ということだ。ナチス・ドイツの最期のような状況は、今の日本においてもまったく無関係ではない、と考える。例えば、先ほどの異様な投票率と与党の異様な得票率を記録した選挙において、ナチスが政権を掌握し、その後進めていった政策のなかでのドイツ国民の熱狂と異なるところがあったであろうか?
 重要なことは、ナチスを支持したからその人の知的水準が低い、というわけではないことに注意する必要がある。すでに何度もさまざまな場所、さまざまな論者から指摘されている事実は、マーティン・ハーデガーをはじめ、ナチスを積極的に支持した人間の中には、当時のドイツ最高の知識人が含まれていた、ということである。だから、決して知性の問題としては解決できない。
 また、当時のドイツの民度が低かった、という議論もあるが、これも端的に間違いだ。民主主義の研究家も指摘しているように、ワイマール体制というリベラルなシステムの中に、すでにナチの台頭を許す余地があったわけであるし、ルソーの社会契約論の中にも「一般意思」というかたちで、全体主義を生み出す要素が含まれていないわけでもない。
 また、ナチは100%悪かったか、というと、そうでもない。事実、第一次世界大戦後、ドイツをおそった猛烈なインフレを抑えたのはヒトラーの政策である。

 筆者なりの腹案はないわけではないのだが、こういうむずかしい問題には結論を急がないことが大切である。さまざまな角度から考察してみる必要がある。また、時代の熱気=共同幻想に流されないということは、社会的動物である人間にとっては、かなりむずかしいことなのである、と改めて思う。

昨日の購入
 ジェームス・D・ワトソン「二重らせん」講談社文庫
 T.S.エリオット「キャッツ」
 「宮沢賢治全集 <8>」以上ちくま文庫
 フロイト「夢判断(上下)」新潮文庫

 「夢判断」って、解説書は山ほど読んでいると思うのだが、原著を読んだ記憶がない。どちらにしても、もし読んだとしたら高校生くらいなので、どうせ忘れているだろう。

昨日の読了 なし

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2006年03月04日

靖國神社

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 いつかゆかねばならぬと思いつつ、いつも鳥居の前でそこをくぐることを躊躇した場所にようやく行ってきた。この神社のあらましについては改めて紹介するまでもないであろう。神社の中にある記念碑によれば、もともとここは神道無念流(桂小五郎が有名か)の道場、練兵館があったところだそうだ。それもこの神社にふさわしい(?)と言えよう。
 何といってもこの神社を有名にしているのはあの遊就館である。題字を閑院宮載仁親王(1931-1940 参謀総長)が書いている。入場料1000円を払うのがもったいなかったので、入り口の広場は無料、そこに入ってあの有名な「零戦」を撮ってきた。迫撃砲なども展示してあって、戦没者の慰霊というよりは、むかしの鎮護国家思想を濃く伺わせるような感じ。じっさい、「国を守ろうとして亡くなった英霊の弔い」というよりは、これら英霊によって国を守ろう、というコンセプトに見える。

昨日の購入 なし
昨日の読了
 トルストイ「青年時代」新潮文庫 B

 ほぼ昨日「少年時代」について書いたことがそのまま当てはまる。それにしても、貴族が「身分が低い」というだけで、平民に対して優越感を抱くというのは、それだけでも読んでいて気分が悪い。

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2006年03月08日

亀戸天神

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 中高時代、筆者はここの信者でありました(笑)。新年になると、両親がここに連れて行ってくれて、帰りに船橋屋のくず餅と、亀戸駅から蔵前橋通りに出るところの角にある豆屋で塩豆を買って帰るのが楽しみであった。
 さて、亀戸天神は梅と藤で有名である。祭神である菅原道真は、「東風吹かば・・」(「東風」は読めるだろうか? では、りんかい線の駅名にもなっている「東雲」は、意味もご存じだろうか?)という名歌を残しているので、梅は道真ゆかりといえるだろう。

 さて、この亀戸天神の名物が「五賢の梅」である。一本の木から白梅と紅梅が両方咲いているというしろもの。これは、やはり接木で作成したものなのだろうか・・・
 こんかい、船橋屋のくず餅を買って帰ったが、このくず餅には「葛」は含まれておらず、くず餅とは実は小麦粉を乳酸菌を使用して発酵させた「和菓子のなかで唯一の発酵食品」であることを初めて知った。

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2006年04月21日

皇紀二千六百年

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 昭和十四年くらいだっけ、と思いつつ、自信がなかったので調べてみた。

 昭和十五年でしたね。

 こんな石碑がまだ残っていることに感慨をおぼえる。

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2006年05月06日

戦争の悲惨さを知れば戦争はなくなるのか

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 ほとんど同じようなことを以前に書いた記憶があるが、こういう話は何度でも繰り返したくなるものだ。

 ある良心的知識人(揶揄しているわけではなくて、いい意味で)の方のサイトを見て、いろいろ書き込みをしてしまったのだが、そんななかでやはり根本的な疑問が湧き起こるのを禁じ得ない。曰く、
 「イラクの、パレスチナの悲惨さを、多くの人びとが知れば、それで世界はよくなる。」

 少なくともこのテーゼの半分は認めたいと思う。それはプラスにこそなれ、マイナスに働くことはない。しかし、話の半分はたぶん楽観的に過ぎる。つまり、そういう政策を取る為政者は、その「悲惨さ」を知っているか、または知ったところで政策を変えようとしないからである。
 リベラルとコンサバティヴの埋めようのない差はどこからくるのか。それは、第一優先にする事柄をどこに置くか、のちがいであって、それは倫理では埋まらない。埋めるのは政治、つまり十分なディベートの後の多数決しかないだろう。
 リベラルは、日本の平和・日本の豊かさより、世界中の富の不平等や、人権を抑圧されている人びとがいること、日本人が気づかずに踏みつけにしている人びとがいること(構造的暴力)、を第一に考える。しかるに、コンサバティヴは、「日本の国益、日本の経済成長」を第一に考える。世界のことをおもんぱかる前に、日本国内にも失業者や虐げられている人びとはいるし、この重い税金を少しでも減らして豊かな暮らしをすることがまずすべての礎になるだろう、と。
 この差が倫理では埋まらない理由は、リベラルがいう「アメリカ帝国主義」に関与することが、日本一国の平和と利益に繋がるならば、何が悪い、ということになるから、リベラルの立脚点からの「説得」や「共感」は絶対に不可能だからだ。かりに、アメリカ帝国主義への協力が、日本にとって何のメリットもないのであれば、コンサバとてそれに同意をしまい。
 だから、どうしてもアメリカへの協力をやめさせることに同意させようとすれば、方法はひとつしかない。それは、
 「アメリカに協力することは、日本の国益にならない」
 ことを証明し、説得するしかない。「それは世界正義に反します」などと言ってみても、何の説得力も彼らには持たないのである。
 同様に、パレスチナ問題にしても、佐藤優がいうように、
「イスラエルを支持することは日本の国益になる」
 ことは、一見するともっともなように思われる。外交情報の入手の点、「中東唯一の民主国家」である点、そしてオイル・メジャーを敵に回さないための戦略として、十分にありうる。だから、佐藤のような現実主義者を折伏しようとしたら、方法はひとつしかなくて、それはイスラエルがパレスチナに非人道的な行いをしていることを強調しても無意味である。やはり、
「イスラエルを支持することは、最終的に日本の国益を損なう」
 ことを説得する以外にはあり得ない。

 そこが、日本のリベラルに一番欠けている視点と思われるのだ。

 戦争をなくすには、戦争の悲惨さを知ってもだめである。「戦争をすることは、その当該国家にとって利益にならない」ことを、すべての国家が納得する以外にはない。
 ならば、すべての国家にとって戦争が不利益になるようなしくみを作ってゆくしかない。残念ながら、今の国連はそのようなしくみを目指してはいない。

昨日の読了 なし

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どうして靖国問題に終止符が打たれないのか

 これも筆者が幾度となく書いてきていることであるが、自分のためにも整理してみようと思う。

 靖国批判派の主張は、「靖国は国民の死を回収する国家装置である」ことを批判する。つまり、国家が国のために国民を死なせるための道具だというのだ。そして、「無駄死にでなかったことを国家に認めてもらいたい」という遺族の感情には配慮しつつ、祀る主体が国家であってはならないことを言おうとする。
 この次元で議論が繰り返されている限り、靖国擁護派と批判派の主張は噛みあうところがない。当たり前だ。靖国擁護派は、その「国家装置である」ことが悪だという認識がないどころか、それを善なるものだと考えているからである。つまり、批判派は自らの倫理観念が擁護派に共有されていると思っている。これは議論をはじめる上で、極めて初歩的なミステークである。

 擁護派の主張は、「靖国が国家装置となることで、国のために亡くなった人々を回収できる。その結果、それは国益にプラスになる。国益が増すことは国民にとって利益になるのは自明だ」という、これもわかりやすい議論に立脚している。これをどうして批判派が理解できないのか、筆者には謎である。
 結局、擁護派と批判派のちがいは、靖国自体の存在がどうこういうよりも、端的に「国家は国民にとって有益であるか」どうかという議論に過ぎない。批判派は(日本)国家に対して信頼を置いていず、擁護派は日本国のもとに国民が結集することこそ国民の幸せになっていることを信じているだけの話だ。

 ならば、しなければならないことは、抽象的な「共同体の構築が成員の幸福に先立つ」という命題の証明ではなくて、日本という具体的な共同体が国民を幸福にしてきたのか、という歴史的事実の検証だ、ということになる。

 「国を愛する」ことと、「1945年以降の日本が国民にとってよろしくなかったのではないか」と疑うことは、矛盾しない。靖国擁護派の多くは、この二つの命題を排中律でとらえるからおかしくなる。国を愛しているから、戦後の日本政府の行動のかずかずはおかしいのではないか、という疑念が出てくるのである。筆者はいうまでもなくこの立場だが、愛する=無誤謬、絶対化、という等号に何の疑念も抱かない右翼の方と以前話していて、どうしてもそこが理解できないようなので、びっくりしたことがある。
 反省できること、誤りを認めて謝罪すること、は、自尊がないとできない行動である。つまり、
1. 99%ただしいと思うから、1%の誤りを認めても傷つかない。
2. 反省する以前の正しい行動が99%で、反省して間違いを改めた場合、100%になるなら、その方が「国家の品格」(笑)は上昇する。
 ということになるからである。
 筆者には、さいきんの右傾化しているひとびとの発言を聞くと、
3. 1%しか正しくないから、99%の誤りを認めると、国の正当性が崩壊してしまう。
4. 99%の誤りを認めると、すべての場所に謝罪が必要だし、改善点も膨大になるから、とてもやってられない。
 ということが前提となっているように感じられてしまう。

 もっとも、筆者の議論が、必ずしも「愛国」を前提としているものではないことは、はっきりさせたいとおもうが(つまり、日本の国家を愛さない国民がいることは、全然差し支えないとおもう)、愛する国家が完全無謬であってほしい、というのは単なる願望であって、筆者には到底そうは思えないので、感情でものをみないでほしい、と願う今日この頃である。

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2006年05月25日

「家」制度の特殊性

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 昨日の記事で、網野史観についてちょっと触れた。これも網野氏の本の記事だったかもしれないが(出典を失念した)、日本の「家」制度というのは、世界的にも珍しい制度らしい。
 「家」のような共同体を構築してゆくこと自体は普遍的に見られる現象だということだが、日本の場合、「家」が絶えそうなときに、他家から養子を迎えて存続させるということをやる。その際に、諸外国では原則として血縁関係にある家からひとを迎えるのに対し(血縁重視)、日本の場合は血縁はほとんど全く無視されている。例えば徳川時代などひどい。例えば幕末の島津家など子だくさんで、南部家、黒田家、讃岐松平家(だっけ?)など、さまざまな家に養子を入れている。こういうケースは希だそうだ。
 家の存続が「先祖の祭りを絶やさない」ことがもともとの理由だというのはこれも普遍的なことだろうが、にしても日本のこの無節操さは特筆に値する。それは悪い意味で書いているのではない。むしろ、最近の風潮が生物学的血縁を極端に重視していることに対するアンチテーゼとして使えないか、と筆者はおもうのである。アジールで授かった子供を「神の子」としてこだわりなく育てるような文化は、もう消滅するしかないのであろうか。

昨日の読了
 ジョージ・エリオット「ミドルマーチ(1)」講談社文芸文庫

 これからどのような方向へ話が進んでゆくのか・・・

2006年06月07日

われらは囚われ人

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 われら、と複数形にしたのは適当ではなかったかもしれない。

 われわれは、自分が暮らしている世界の「外」に出ることはできない。なんとなれば、自分の行動に伴って、「外」は拡大してゆくからである。そういう意味で、筆者は常に閉塞感を感じている。
 生きようとしても生きられない、そんな閉塞感を打開してくれるツール、それがカメラだったりする、とさいきんおもう。これは「第五」のネタを探そうと街を逍遥していると、見慣れた街がちがった姿で迫ってくる、そんな経験をしたときに「外」へ抜けた、と感ずることがある。

 じっさいには、われわれが囚われ人であることをやめることはできないのだろう。「外」へ出ようと思うなら、まず「内」を変革する必要がある。そして、変革のための開かれた討論は、まず他者への愛と尊敬が必要なのだとさいきん思う。サヨク的なきれい事の議論ではない。オマエは在日米軍を愛せるのか、朝鮮総連を愛せるのか、アルカイダを愛せるのか、それが「他者」なのである。

 個人の集合としての「団体」に対する態度、感情と、その組織に属するひとりひとりに対する感情は、また違ったものであろう。個人には愛情を持てても総体としての「韓国人」や「中国人」そして「アメリカ人」にはそれができない、というアポリアについては、さらに考えてゆかねばならない。やはり、団体と、個人の集合とは、質的に異なっているのであろう。日本人ひとりひとりが一億人集合したものが「日本」という国ではないように。

昨日の読了 なし

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2006年06月22日

戦後占領史

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 予告しておきますが、こちらの更新は一週間程度お休みとなります。明日はまた記事を書くかもしれませんが、現在のところ閉鎖の予定は考えておりません。七月一日くらいに復活の予定です。以上ご了承ください。

昨日の読了
 竹前栄治「占領戦後史」岩波現代文庫 A

 岩波現代文庫は、文庫とは性質がちがっている。文庫は過去の古典を扱うのに対し、現代文庫は文字通り、主に戦後に発刊された図書の復刊がおおい。値段は若干高めだが、紙質(おそらく中性紙を使っているのではなかろうか)や印刷品質もよく、値段だけの価値がある内容も多い。「新書」と比べても、内容はこちらがぐんと上だろう。なので、筆者はもう岩波新書をあまり読まなくなってしまっている。

 戦後占領史の第一人者、竹前氏の代表的著作の復刻である。この時代に興味がある方にとっては、五百旗頭真氏の著作と並んで第一級の価値を持つものだ。
 この本を読んで思うのは、仮に、日本とアメリカが逆の立場だったらどうなっていたのか、つまり、万が一、日本がワシントンを占領してしまったとしたら・・・
 GHQの面々は、ただの軍人ではなく、多くは大学の教官だったり、官僚として広くキャリアを積んできたり、当時としてはアメリカでも一級の知識人であり、日本についての知識もそれなりにある人々であった。詳細な日本統治計画を作るためには、文字通り国の力を結集する必要がある。当時の日本には、そもそもアメリカを統治できる力も能力もなかったと想像せざるを得ない。本書をお読みになるかたは、そういう仮定のもとに読み進めると面白いと思われる。

 筆者にとっての衝撃の記述は、教育に関する改革の青写真である。当時のGHQが進めようとした教育改革は、アメリカでさえ行っていなかった、破天荒なものであった。それは、

「教育を担当する部門を、司法・行政・立法なみに、他の権力機関から独立したものとする」

 というものだ。これがどれだけ大胆で、かつ秀逸な改革案であるか、想像できるだろうか。

 もしこれが実現していたら、今ごろは文字通り、日本は世界一の(って、どういう意味かわからないけれども)国家になっていたかもしれない。とても残念だ。。

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2006年08月03日

人口論(2)

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 ヨハン・ガルトゥングの「構造的暴力と平和」、サミール・アミン(古いですね・・従属理論のひとです)の「帝国と不均衡発展」を注文してしまった。今さらな本ではあるが、本稿に無関係ではない。
 しかし、どうしてフランツ・ファノンに関心を持たれた方がおおいのだろう。不思議だ。

 移民といえば、安価な労働力というイメージだろう。日本に大量に流入してきた、古くは東南アジア、新しくはバングラデシュ、パキスタン、イランといった国々からの短期労働者のイメージだ。また、ドイツは東欧のドイツ語圏からの、フランスやイギリスはかつての植民地からの、豊かな生活を求めて、あるいは本国での生活条件の悪化のために、余儀なく移民となった、というケースがおおいだろう。ドイツは大戦の、フランス・イギリスはかつての植民地支配の精算として、道義的にも受けざるを得ない(ナショナリズムを煽るひとつの要因になっているわけだが)という事情もあるだろう。

 日本は、過去の植民地支配ということでいえば、日本語・日本文化を定着させる時間は十分になかったし、あるとしても朝鮮半島と台湾くらいなものだろう。その二国からは日本へ移住する動機はあまり生まれないだろう。

 筆者がイメージしているのは、「単一民族神話の解体」である。いわゆる先進国は富・エネルギー・食料を占有し続けているわけだが、それが人口減少という避け難い宿痾に冒されることで、今まで貧困にあえいできた南の諸国の人々に置き換わってゆく、という幻想は、筆者にとってはちょっとだけ愉快である。 「日本は文化的にも言語的にも民族的にも単一である」という神話が、自然に、なし崩し的に壊れてゆき、旧日本人の血が駆逐されてゆく(って、誰のことだろう?)ことを、積極的に希望するわけではないが、もし必然的にそうなるのであれば、受け入れなくてはならないと思っている。

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2006年08月04日

靖国参拝がいつまでも問題になっているのは誰のせいか

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 朝日新聞の報道について考えている(元記事削除)。

 こんかいは、中韓は抑制された報道しかされてない、ということだが、この外国からの反発は、自○党によって政治利用されてきたのではなかったか。
 筆者のかんがえでは、靖国参拝は何よりも憲法第20条第3項との関連で考えなければならない「国内問題」である。その国内問題が、外国の反発によって国際問題へとすり替えられている。これは内政不干渉の原則を盾に取れば、ナショナリズムの高揚を招き、「意地でも参拝すべきだ」との国民感情を醸成するだろう。
 他方、中国も韓国も、対国内的に、「日本軍国主義」はまだ存在して、それに対して強硬な態度を取ることが、内政上つごうがよかったわけである。つまり、靖国問題が存在することは、日本政府にとっても、中韓政府にとってもおいしい話だったと考えられる。

 外国、なかんづく中国と韓国からの非難がなくなった暁には、日本人は閣僚の靖国参拝をどう評価することになるのだろうか。興味深いところである。

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2006年08月05日

きなくさい季節

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 毎年この時期になると先の戦争(応仁の乱のことではない)や原爆についての話が飽きもせず繰り返される。結論を出せないまま恨みだけが次の世代に引き継がれてゆくのだろうか。思うに、アメリカと国交を復活したベトナム人はスゴイと思う。経済復興が著しいのも当然だろう。

 さて、こちらの記事へのTBを宣言してしまったいじょう、何か書かねばならない。そして、筆者の正体が真性ウヨクであると書いてしまった以上、それっぽく書かなければならない(笑)。

 まず、原爆投下について、最も多面的な見方をしており、説得力のある書物として、次の本をお薦めしておきたい。

ロナルド・タカキ「アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794206143

 日本は軍国主義によって戦争に突入したわけではなく、ペリー来航からの外国に対する防衛の一環として、また直接にはABCD包囲網による経済封鎖、特に石油の禁輸が日本経済に大打撃を来したことへのやむを得ない対策として、対英米蘭への宣戦布告を余儀なくされたのであるからして(今日はこのスタンスでゆく)、太平洋戦争と原爆投下のあいだには直接因果関係はない。つまり、「軍事主義で人を被爆」させたわけではない。
 これは戦争中のアメリカの言説を検証した研究からも裏付けられており、アメリカの対ドイツ観は「ドイツ人は優れた国民であり、ナチスによって躍らされてしまっただけだ」と、ナチスにドイツの悪を押し付けて、ドイツ人じしんは信頼できる国民と考えていたのに対し、対日観は「○皇および宮中重臣、陸海軍の強硬派、そして民間ウヨクによって、日本国民はコントロールされていたのではなく、日本の国民性が軍国主義を生んだ。つまり、日本人は劣った国民だ」という意識に裏打ちされたものである、ということになっている。
 だから、アメリカは、コーケシアンの上には原爆を投下することは全く考えていなかったのだ。

 ポツダム宣言受諾によって、日本はその主権を失ったと考えてよい。「国体」は、天皇制が存続したことにより「護持」されたが、アメリカは国際法上禁じられている、占領国の憲法改正に手を付けてしまった。今の憲法が日本製であると強弁しなければならない理由のひとつが、この国際法違反にある。
 この憲法は速成だけあって、特に統治の部分はよく練られていないところがあるが、それは運用、すなわち法律で定めればよい話である。だから憲法の欠陥すなわち憲法改正で補う、ということをしなくてもいいのだが、アメリカの負の遺産のひとつは、占領政策のため、政治・産業界いがいの、官僚・警察・そして司法の制度と人員をほぼそのまま温存してしまったことだ。そのために、法曹一元化を前提とした憲法の規定と、現状の司法制度が合わないものとなってしまったわけだ。

 筆者は国を愛するウヨクであるがゆえに、この現状をふかく憂える。つまり、三権分立が確立していることは、裁判制度による「正義」が行われるうえで要となる部分である。それが、じっさいには行政府にコントロールされていることで、日本では三権分立どころか、議員立法すらなされていない(そもそも立法は議員がするものだから、「議員立法」ということばが存在することじたいがおかしい)から、権力の分立は成立していない。つまり、内閣がすべてを牛耳る国なのである。

 皆に愛される日本とするには、三権分立の確立が急務である、というのが、筆者の持論だ。そうでなければ、いくら裁判で争ったところで、仕方があるまい。

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2006年08月10日

大前研一

 スイスの山村より。

 真面目に書こう。

1. 「戦争責任」が、例えばヤスパースの罪責論で、法的な罪に当たるのか、政治的な罪に当たるのか、また人道的、形而上的な罪に当たるのか、ちゃんと明らかにしなければ意味のない議論だ。例えば、法的責任については、「天皇ハ神聖ニシテ犯スヘカラス」だから、輔弼した重臣のみ罪に問われるという解釈もありうる。「明白」と考えるのはアナタだけでしょ。

2. これは天皇や宮中重臣も共犯と考えるのが有力なんだって。

3-8はいいとして、

9. 「多くの」って、誰よ?

10. 確信犯だという説が有力。

だから、

1. 忘れてないって。

2. 国民もある意味同罪だって。

3. 小泉も確信犯だって。彼はアメリカしか見てないから。


ということで、やはり筆者には大前研一を評価することはできない。

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2006年11月09日

日本人の性意識

 タイトルのことについては、宮本常一氏や赤松啓介氏らが専門的な研究を発表されているので、筆者として大上段に振りかぶっていろいろと書くつもりはない。

 先日、必要があって(どういう必要だよ・・)「関東の混浴温泉」について調べていた。東京・神奈川・千葉・埼玉の四県には、もしあったとしても「水着着用」の場所ばかりなのだが、上越方面や那須方面などにはまだ昔ながらの混浴温泉がいくつか残っているようだ。

 もともと、入浴に関しての日本人の風習はおおらかであって、明治一桁くらいまでは女性が庭先で行水し、特別覗きに遭うようなことはなかったとのことだ。戦前から戦後まもなくくらいでも、公衆の面前で女性が乳房を肌脱ぎにして子供に乳を与えるような光景は随所にみられたとのことである。

 冷静に考えてみれば、身体の保温と清潔のために行われる「入浴」に性的な意味はないはずだから、男女を別々にする必然性はないはずだ。では、どうして日本において厳しく公共の場で異性への身体の露出が禁じられるようになったかといえば、これは鹿鳴館時代に欧米列強の目を気にして制定された法律のせいである。
 そして、法律を元に輸入された道徳が、徐々に都市部のひとたちを中心に浸透してはいったが、東京から遠い地ではむかしながらの風習が保存されている、ということなのだろう。

 では、なぜ混浴はだめなのだろうか。この質問は逆に考える必要がある。なぜ男女別にすることが必要なのだろうか。岸田秀や栗本慎一郎に依って考えれば、それは性行為の際の興奮をたかめるための装置だ、ということになる。ふだんから異性の裸体を見慣れていれば、いざというときの興奮度は減退するからだ。

 というわけで、筆者は逆に男女別に温泉に浸かるというやり方(ふつうの公衆浴場とは一緒にはできないだろう)には、妙に男女の性についてお互いに意識させるいやらしさを感ずる。孔子の「男女七歳にして席を同じゅうせず」も、極めて不自然な道徳と感じられるのである。

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2007年02月18日

学ぶべきものは

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 北朝鮮の偽ドル、マネー・ロンダリング、麻薬不法輸出などに対する米国をはじめとする各国の制裁処置と、六カ国協議が話題になっている。
 この際、アメリカの態度の軟化についてはコメントを控えるが、かわりに、竹内好が指摘していた、日本の軍部の「悪行」について触れておこう。

 何と、1920~30年代の、世界の不法麻薬の九割は、日本によって輸出されていたものだという! もちろん、対中戦争を継続するための資金源の獲得、のためである。

 百年前にイギリスが行ったことを、日本がマネをし、そしてそこから半世紀あまりを経て、北朝鮮がその衣鉢を継いでいる。おそらく、北朝鮮の麻薬密輸の生産地は北朝鮮国内であり、それはかつて日本が麻薬生産のために利用していた地域と重なる。つまり、今の北朝鮮の不法行為に、われわれも全く無関係とは言えない、ことは認識しておいてもよいだろう。

 だからといって、すぐに何が変わるわけではないけれども。

2007年03月04日

情報統制&中江兆民

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 例によって、全然異なることを一緒の記事にするのも、どうかと思うが・・・

 本日聴いていたBBCのPodcastより。中国の話。このところ、EU統一歴史教科書とか、近隣諸国の間で、共通の歴史認識を持つことの重要性とそのむずかしさに関する報道がいくつかあった。中国では、「天安門事件」は起きなかった、ということになっているらしい。教育の現場やマスメディアで一切のこれに関する言動を禁止しているだけではなく、スゴイと思うのは、.cnのIP addressからアクセスする場合に、(テクニカルにどうやっているのかはわからないが)「天安門事件」に関するサイトには、一切アクセスが不能になるように統制をかけているという話である。なので、今の中国人の学生には、かなりの割合でこの事件のことを知らないひとがいるという・・・

 これに比べれば、某国首相の、従軍慰安婦に関する発言は、そもそも発言があったという時点で、事件の存在については認めているわけで、中国のようにある事件が抹殺されてしまうことに比べれば、かわいいものだと思うのであった。経済成長に伴って、外国と行き来をする人々も増えてくる中、いつまで民主化の要求を封じ込めることができるのだろうか?

昨日の読了
 中江篤介「三酔人経綸問答」岩波文庫 S

 兆民中江篤介の代表作。以前から存在は知っていたし、内容はあちこちの書籍で紹介されてはいるので、だいたい知ってはいたものの、あらためて実物(訳だけど)を読んでみて、兆民の歴史認識の正しさと広さ、国防と民主主義についての透徹した見解に、とても驚嘆した。解説で桑原武夫が述べている通り、この議論の射程は現代にも及んでいるといっていいだろう。

 立憲君主制を排し、カントの絶対平和論にも言及しながら、民主制の導入と軍備の全廃を説く洋学紳士、富国強兵論・帝国主義政策を主張する豪傑君(しかし改革の必要も彼は認めている)、そして当時としては極めて穏健な、立憲君主制の確立と専守防衛に徹するべきだとする、漸進的な政策を支持する南海先生、と、自らの意見の一部をそれぞれの登場人物に託しながら(でも文章のウェイトは洋学紳士にあるように感じられる)説いた本書は、日本人として必読の書籍のひとつにあげられるように、筆者には思われた。

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2007年04月18日

長崎市長、撃たれる

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 衝撃の報だ。本島前市長に続き、二人目とは。

 ちょうど、昨日読了した本が本だけに、意表を突かれた。

昨日の読了
 イアン・ブルマ「戦争の記憶」ちくま学芸文庫 B

 ドイツと日本の戦争責任を扱った書物。ジャーナリスティックな文体で、大変読みやすい。本島市長のことが登場する本としては、ノーマ・フィールド「天皇の逝く国で」(みすず書房)と並び、印象に残る本である。
 一般的には、本書はドイツと日本の国民性のちがいについて述べた本である、と評価されているが、著者は共通点について論じたものである、と主張している。そしてそう読めないのは、いかに読者が先入観に基づいて本を読むかという実例である、と著者は論じているが、やはり筆者にも、本書は「ドイツは戦争責任問題に真摯に取り組んでいるが、日本はそうではない」というメタ・メッセージが透けて見えてしまう。そういう意味では、本書の執筆のもくろみは完全に失敗していると言えよう。

 さて、よく言われることだが、著者も、日本の戦争責任問題の曖昧さには、戦後の天皇の処遇が関係していることを述べている。この件については、深沢七郎の「風流夢譚」事件あたりからはじまり、昭和天皇の危篤時には「自粛」というかたちで、日本国内に完全に定着したと言える。結局、リベラリストが考えたように、アメリカは「民主主義」を日本に導入したわけではなくて、天皇を含めた階級社会をそのまま日本に温存することで、共産主義の防波堤にしようと意図したわけであり、戦争責任問題については極東軍事裁判で決着がついた、というかたちで手を打ちましょう、という玉虫色の決着が、日米ともに都合がよかったわけである。そして、最大の被害国である朝鮮半島や中国に対しての謝罪や補償がおざなりのまま、六十年が過ぎてしまった。

 筆者は、日本においてリベラルな政体・リベラルな政策は、米国の占領(今でも日本は実質的に占領状態にあると筆者は認識している)という桎梏から逃れない限り、あり得ないとも考えている。まず一番に日本がすべきことは、独立を取り戻すことである(同盟国でありつつ政治的な影響力から抜け出すということは極めて難しい選択ではあるが)。

 政治的な独立を確保して、共和制に移行しない限りは、戦争責任など取りようがないだろう、というのが筆者の感想だ。未だに戦前との連続性を保った制度や文化が続いているということは、連続を国民が選択していることにほかならない。戦争責任など、日本は個人はともかく、国全体としては負う気はさらさらないのだ。

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2007年07月27日

レイテ戦記

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 個人のレベルでこのようなことを考えたり述べたりすることに、いかほどの意味があるかわからないのだが、筆者の一貫したみかたは、

「日本は、戦前的な封建的/非合理的な体質/体制の除去に失敗した」

 というものである。

 野口悠紀雄の「1940年体制説」は多くの経済学者から否定されているが(日本の製造業の技術が中央集権的でなく、地方に分散されていたことは、よい意味で戦後の高度経済成長に寄与したことはよく指摘されているけれども)、政治の体制はいうに及ばず、抽象的ないいかたをすれば、戦前の「日本的精神」がそのまま無反省に残ってしまった、あるいは1968年革命の失敗によって復活してしまったように思われるのである。

昨日の読了
 大岡昇平「レイテ戦記(上中下)」中公文庫 A

 いうまでもなく、大岡のこの本の執筆の動機は、彼をして「俘虜記」「野火」「ミンドロ島ふたたび」などの戦記物を書かせたものと同じであり、ミンドロ島守備隊として戦争に参加し、米軍の俘虜となったその体験であり、また同じフィリピンの戦場を踏んだ同胞への鎮魂の念である。

 しかし。
 限りなく歴史書に近い体裁を取りながら、大岡自身はこれを「小説」に分類し、事実野間文学賞にノミネートされている(受賞は辞退された)。

 それは、なぜか。
 レイテ戦に関する手記や公式文書はたくさん残されているが、それらがいかに粉飾されているか、その粉飾の事実を指摘すること自体によって、大岡は人間の虚栄心を描こうとしたのではないか、というのがひとつ。
 日本の兵士がいかによく戦ったか、それを十二分に呈示することで、日本軍の二大悪癖ともいうべき(そして筆者がおもうに、これは戦後の会社や政府といった組織にも受け継がれているのだが)兵站 (logistics)と諜報 (intelligence)の軽視が一層浮き彫りにされているというのがもうひとつ。
 さらに、その兵士らのあまりにも人間的な(自発的な投降、逃亡や遊兵化も含んだ)善戦の結果、日本とフィリピンには何が残されたのか、それを総括した「エピローグ」の記述は、あまりにも悲しいものだ。大岡の結論では、太平洋戦争の終結後、「復興」が果たされなかった国とは、日本とフィリピンのふたつだけだというのだ。

 かなり大部の小説であり、個々の部隊の戦闘のもようが詳説されているのは、少々退屈に思う向きもあるかもしれない。しかし筆者が思うに、戦前の「日本精神」や、戦後に受け継がれなかった何物かを示すには、こういう方法しかないのかもしれない。

 本書がいつまでも文庫に収録されて、ずっと読み継がれることを希望する。

2007年08月15日

敗戦記念日II

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 「未来予想図II」があるのだから、敗戦記念日IIがあってもいいだろう。

 毎年言っていることだが、「終戦記念日」はまがい物のことばであり、「敗戦記念日」と改めるべきだろう。戦争に負けたこの屈辱を忘れず怨みを晴らすことを新たに誓う日とすべきだ(あれ?)。

 この時期になると毎年戦争に纏るさまざまな歴史的なイベントが発掘され、蒸し返される。職場の机の上にあった(誰が持って来たんだ?)「産経新聞」には靖国にあるパル博士の顕彰碑のことについて触れてあり、安倍(じゃなかったかもしれない)がパルの遺族と会うという記事があった。

 東京裁判についてはもう本当にさまざまなことが言い尽くされており、ほぼ論点は出揃ったとも言えるが、あの東京裁判とは一体何であったのか? そのことについて思うところを書いて見よう。
 やはり筆者には、あの裁判の歴史的効用とは、ニュルンベルグ裁判に続く「人道に対する罪」という新概念を提唱したことでないと考える。論理的には、よく指摘されるように、勝者に対する「人道的な罪」は問われないし(そしてその構造は現代にまで射程は及んでおり、つまり超大国アメリカに対してこの罪が問われることは決してない)、「勝者の敗者に対する裁き」の別名にほかならかいからである。

 むしろ、「勝者の裁き」であれば、ふたつほど腑に落ちない点がある。ひとつは賠償金を科さなかったこと。これはベルサイユ条約でドイツに法外な賠償金を科し、ナチスの台頭を招いた愚を繰り返さないための深謀遠慮とも取れなくはないが、そうだろうか。もうひとつは、その恣意的な犯罪人の選定である。広田弘毅のように死刑になる必要がなかった人間もいれば、石原莞爾のようにA級戦犯に指名されてもおかしくない人間もいた。大川周明などは、いったい何の罪を犯したというのであろう?

 むしろ、筆者には、東京裁判の目的は、日本を裁くことにはなかったのではないか、という気がするのだ。BC級戦犯の判決・処刑が、文字通り「復讐」だったのに比べて。
 また、それは次回書こう。

昨日の読了
 嘉村礒多「業苦・崖の下」講談社文芸文庫 B

 どうしても小説の評価は曖昧になってしまう。評論や論文とちがって、優劣がつけがたいし、どんなつまらない(自分にとって)作品と思えても、後日読むとその評価ががらっと変わってしまうこともあるからだ。
 嘉村礒多は葛西善蔵と並んで私小説作家として著名であるが、その作品をじっさいに読んだことがあるかたはそれほどいないのではないか。筆者にとってもこの文芸文庫に収録されているものがはじめてであり、おそらくこれ以上読むことはないであろう。

 その内容は、情景や心理描写の文学的な表現を別とすれば、人間の見栄、身勝手さ、嫉み、貧しさ、理不尽な怒りや暴力、家庭不和、不義同棲など、懸命に生きる矮小な人間の実像を描いたものである。ここで、「懸命に」にウェイトを置くか、「矮小な」を強調するかで、嘉村に対する評価は大きく変わってくるように思われる。

 個人的には決して好きなタイプの小説ではない。人生はもっと明るいものであって欲しいという希望があるから。しかし、この閉塞感に嵌ってしまうひとがいるのも十分理解できる。あまり文学史的な知識にとらわれず読むのが吉だろう。

2007年08月16日

敗戦記念日の翌日II

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 ニュルンベルグ裁判のひとつの目的が、特定の指導者にのみ罪を負わせ、「ドイツ国民はわるくなかった」ということを証明するがため(ドイツ人はベートーヴェンやゲーテを生み出した文化的な国民であり、それがナチスのような狂気を国を挙げて支援するわけがない、という、西欧中心主義的な世界観による)であったことが指摘されているように、東京裁判についてもまったく同じことが言えると思われる。

 日本人にとっての何よりの恩恵は、天皇制が温存され、指導者達が処刑されたことで、そういった体制を作り上げた、あるいは支持した国民の道義的責任が不問に付されたことである。政治家や軍人が「政治的責任」を取らねばならないのは当然のことだが、彼らが日本の指導者となることを、国民は支持したわけだから、当然連帯責任を負うわけである。この連帯責任を戦後の日本人はまともに背負うことを、東京裁判によって免れたように、筆者には思われる。そうして、占領軍にとっては、一部の政治家と軍人を処刑するに留めたことで、従来の構造を破壊せずに温存でき、占領政策をスムーズに進めることができた(現在に至るまでの、軍事基地の租借を都合よく行うことができた、という点において、特に)点で、大変に利益があったわけである。

 しかしここで真剣に考えねばならないことがある。筆者は安易に「責任を負う」と書いてしまったが、戦前の日本軍国主義は本当に悪だったのであろうか? 筆者には、この疑問に本気で答えようと努力したのは、石橋湛山ただひとりであったように思われる。いうまでもなく、「小日本主義」が経済的に成り立つという主張によってである(当時、湛山の言うような貿易立国が可能であったかどうかはかなり怪しげな点もあるが)。植民地を持つことは、ケインズ政策的な意味合いもあるから(公共事業としての)、湛山のように、赤字=無駄、といいきることもできないように思われる。

 ナショナリズム批判をするなら、ナショナリズムがなぜいけないのかをきちんと論証しなければいけないのと同じように(ナショナリズムの批判的研究家の中でこれをきっちりやっているひとはほとんど皆無といってもよい)、日本軍国主義を批判するならば、倫理的にそれがいけないゆえん、そしてalternativeをきちんと呈示しなければならない、と筆者はおもう。

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2007年11月13日

日本的思考?(1)

 同じことを前にどこかに書いた。

 病気の治療として、週三回ほどジムに通って自転車を漕いでいるのだが(どうも左の膝を痛めてしまったようで、クリック感があったり痛みを感じたりする)、そのときにつけてあったテレビで、「高校(だったっけ?)名門バレー部」だかのドキュメントをやっていた。

 その中で、監督は「とにかく練習しろ」の一点張り、試合中に疲労でエースが倒れてしまうのだが、それも「根性なし」のせいにされてしまう。

 筆者には、そんな無能なコーチは即刻解雇すべきだと感じたのだが、いかがだろうか?

 かつてテニスや野球では(特に中高では)ウサギ跳びが奨励されたことがある。今ウサギ跳びを勧めるトレーナーは皆無だろう。科学的に膝や腰を痛めることがはっきりしているからである。まだまだ体が発展途上の高校生に、無理なトレーニングを強いて、体を壊したのも生徒のせいにする、そんなコーチのことを堂々とテレビで報道するのはどういうことか。

 肉体にせよ頭脳にせよ、根性でない科学的トレーニングを導入することは、健全な時代の育成には必須のことなのに、いまだに根性ものが称賛される土壌は、日本独特なものなのだろうか?

 それに関連した話-----日本的思考とは何か-----という話を、次回もちょっと書いてみる。

2007年11月14日

日本的思考?(2)

 筆者はもともとこの病気に罹患する前から食に関しては一家言あった人間だが、まず政府が本気でメタボ・成人病対策に乗り出すなら、費用対効果が抜群に優れているあることに最初に手を付けるべきだ。それは、

・義務教育および高校での保健体育授業の充実

 である。初期教育ほど効果的であり、しかもコストがかからないものはない。体育の教師が片手間に保健を教えるのでは全然駄目だ。同時に、家庭での健康的な食習慣を子供時代に身に付けさせることが重要だ。筆者が戦後日本の十大悪人のひとりに数えている藤田田(食品業界では安藤百福も十大悪人のひとりだ)がいうように、

「ある食品の消費を伸ばそうと思ったら、子供時代に食べさせる習慣を付けさせることが第一」

 という発言は、まさに食に関してはぴたりと当てはまる。この言葉を、マクドナルドという日本人の平均寿命を数年縮めることに貢献している企業を躍進させるために活用した藤田は、いったいビジネスマンのモラルとはどういうことかを今でも世に問うている、と言ってもよいが。

 さて、筆者にとって、鬼門の食品とは「弁当」である。市販の弁当を食べるとほぼ100%反応が出現する。それは、とりもなおさず弁当にはさまざまな薬品、すなわち着色料、保存料、甘味料、アミノ酸などの調味料などがふんだんに使用されていることを意味する。

 これは、どういうことだろうか。見栄えを良くすることが弁当の売れ行きに影響する、というのが理由のひとつ、さらにはさまざまな添加物を加えることで、コストをダウンさせる、というのが、筆者にはもっとも大きな理由のように思われる。

 このように、身の回りの食品で、添加物不使用の、言い換えれば筆者が食して反応しないものを見つけるのは結構難しいのだが、いつごろからこのようになってしまったのだろうか。

2008年02月20日

震洋

 イージス艦が漁船と衝突するという痛ましい事故が起きた。漁船の乗組員父子はまだ行方不明のようだ。生存の可能性はすくないだろうが、無事を祈りたいとおもう。

 この事故を知って、「イージス艦って、ひょっとして北○鮮の不審船の攻撃には弱いのでは・・・」とおもった方はすくなくないとおもうが、筆者が真っ先に思い浮かべたのは、日本が誇る、世界初のある海洋兵器のことである。

 その名は、震洋

 モーターボートに爆薬を積んで、そのまま体当たりするという兵器であった。当時はまだレーダーの発達が十分でなく、哨戒は人間の目視に頼るところがおおきかったから、多くは船舶に近づく前に機銃で撃沈されてしまったようだが、今のような電子機器全盛の時代においては、木製ボートの威力は相当なものであるにちがいない。


 ハイテクの時代においても、人間の五感による診察が不可欠の基本になる、という意味では、医療の世界と相通ずるともおもったのであった。

2008年07月18日

石油価格高騰は阻止できるか

 昨今、食料品価格の上昇の背景にもこの石油不足があると言われる。石油は現代社会を動かしている油であるからだが、食料品にせよ石油にせよ、投機筋による余ったカネの投入がその原因と言われている。そして、そのような投機は、岩井克人によれば資本主義の根本をなす行為であり、かつ「本当によいと思ったから投資する」のではなく、「みんなもよいと思うであろうから投資する」というケインズの「美人投票」が投機(つまり岩井によれば投資と投機は同じものだ)の本質である以上は、経済活動は古典派的均衡に達することはなく、不均衡、つまり景気が収縮と膨張を繰り返したり、恐慌が生ずることは資本主義につきものであり、それを安定化することは不可能だ(放任主義的な経済体制においては)、というように主張されている。

 しかしこの岩井のペシミズムは、歴史的にも証明されているように思われる。たとえば、古代中国。富国強兵の時代といえば春秋・戦国時代であるが、この時代にすでに農を軽んじ商に走るという経済活動が、為政者によって敵視されていた。通商こそが経済のダイナミズムである、という観点から、日本中世史を一新したのが網野善彦であったとすれば、網野史学と商業を強圧した為政者、たとえば最終的に中国を統一した秦の歴代の宰相らの姿勢は、180度異なるものであった。しかし、ここで注意しなければならないのは、秦を中国統一に押し上げた立役者である呂不韋は、商人であった、という事実である。重農政策は成功しなかったのである。

 モノを作る(あるいは掘り出す)行為を行う第一次産業・二次産業よりも、貿易あるいは金融というモノの生産に直接関与しない産業のほうが収益がよい(そしてその結果従業員の給与も高く、東大生のあいだでゴールドマン・サックスが一番人気の就職先という結果を生む)という、国家機能および社会生活の維持にとっては大きな危機ともなりうる状態は、すでに二千年前から認識されていて、それを是正しようという政治的な試みはすべて徒労に終わっているのだった。となれば、現代の発達した政治経済学の知識を持ってしても、それは容易ではない、あるいは不可能である、という結論が出ない方が常識的にはおかしい。感覚的には、モノを作る人間よりもモノを転がす人間のほうが得をする(原油価格の高騰で本当に得をしているのは、産油国だろうか?)という事態はおかしいと感じられるのだが、資本主義という制度を採用する限り、理系出身者が文系出身者よりも損をする、という現状は変わることはなく、生産者が報われることも永遠に来ないとすれば、いつまでもこの資本主義という制度は続くのだろうか、と疑問を持たざるを得ない。

最近の読了
 Jack Kerouac "Oh The Road" C
 エドワード・サイード「文化と抵抗」ちくま学芸文庫 B

 ケルアックの代表作で例の"TIME"の「二十世紀の百冊」に選ばれている本書、今となっては"Beat Generation"とは何か、ということを知る以外の意味があるとは思えない。

 サイードの最後のインタビュー集、もちろん、パレスチナ問題に関する彼の飽くことのない意欲が伝わってきて、感動を誘う。サイードは、領土分割案は支持しない。あくまで一国家二民族(正確には、「二」という数字ではあり得ないが)、つまり同じイスラエル国家にイスラエル人とパレスチナ人が共存共栄してゆくという道を探っている。
 しかし、そのプロセスは民主主義によって実現可能なのだろうか? 民主主義の建前からすれば、たとえ「シオニズム」という思想を保持するイスラエル人たちも尊重されなければならない。ましてやシオニストが多数のこの国がシオニストによって運営されてゆくのは、民主主義という政体からすれば正義である。その中でパレスチナとの共存という理想は民主的なプロセスで実現可能なのだろうか? 筆者には、それも民主主義の限界のひとつのように思われる。パレスチナ人とイスラエル人の共存のためには、シオニズムを禁ずるほかはないように思われるからである。

2008年08月12日

オリンピックの非合理性

 冬季オリンピックはほぼ金持ち諸国にだけ限定されていることとか、軍事産業と同じで多くの人間がそれで生計を立てているビジネスになっていることとか、アマチュアの祭典だったはずがプロにも出場を認めているとか、すでにオリンピックには多くの疑問が呈されているとおもうのだが、やるんだったら徹底的にやれよ、というのが筆者の立場である。すでに中国などは、体型や筋肉の質(赤筋と白筋の比率とか)によって適性を振り分け、<<科学的>>トレーニングを科しているという。栄養面でさまざまなサプリまで使っているなら、究極のサプリである<<ドーピング>>までは一歩のところまで来ている。数年前筆者が調べたところでは、科学的に有効性が証明されているドーピングは蛋白同化ステロイドとエリスロポイエチン(赤血球を増やすホルモン)だけであるということだが、おそらく成長ホルモンの投与は有効だろうし、エリスロポイエチンが有効なら、自己血を採取しておいて競技の直前に輸血するという方法を取れば、ドーピングにも引っかからない(薬物を使用しないで自己血を採取しておけばよい。スイッチバック法などのテクニックで可能である)。ならば、ドーピングを禁止する意味など何もないように思われるのだが(そもそもトレーニング自体が体に悪いのだから、薬物を使用しても記録を伸ばしたいという選手に対して、からだを痛めるからという理由で禁止するのは合理性がないし、薬物以外の卑怯な(?)方法は、スピード社の水着を挙げるまでもなく、もはや多数使われているわけだから)。

 例の阻血トレーニングとか、使われていないのだろうか? あるいは使われていても秘密にされているだけなのだろうか、それとも効果がないのだろうか。

先日の読了
 「日本の百年2 わきたつ民権」ちくま学芸文庫 B

 この巻は松本三之介氏の編著である。編著と言っても事実上単独の著書と言ってもよい。第一巻に鶴見俊輔個人の個性が強く出ていたのとおなじように、本巻においても松本氏の主張が強く出ている。しかしもともと他の編者である橋川文三にしても、今井清一(岩波新書の「昭和史」で有名)にしても、リベラル系の執筆者で統一してある関係上、それほどの違和感は感じられない。「なるべく政治家の視点による政治史ではなく、民衆の視点で」というポリシーは一貫していると思われる。シリーズ全体に言えることだが、当然ながら、タイトルからしても政治史が中心で、経済史や文化史の視点はあまり重視されていないのが欠点であろうか。

2008年12月03日

ガリア戦記&ヒトラーを支持したドイツ国民

 現代思想とゲーム理論の本を読み始めたが、どうにも退屈でならない。特に前者のほう、ギリシャ哲学の話が延々と出てきて、もう放擲状態である。古代ギリシャにおいて、たとえば労働が何種類かに分けられていた、という話は、アレントの「人間の条件」でも主題のひとつであったけれども、現代日本人にとってそれが何なのだろうか?

 それに比べると歴史書は、少なくとも事実を追うことが主目的であるので(その事実というものの取捨選択や再構成が歴史書の要ではあるけれども)ある出来事に関心がある場合にはそれほど退屈せずに読み進めてゆくことができる。

昨日の読了
 カエサル「ガリア戦記」講談社学術文庫 B
 ロバート・ジュラテリー「ヒトラーを支持したドイツ国民」みすず書房 A

 「ガリア戦記」名文だと言われるけれども、それは原著を読んでみないと何とも言えまい。現代の眼でこのガリア(フランスおよびその周辺地域)侵攻をみてみると、これはまさしく「朝鮮半島は日本の防衛戦」だと言って侵攻した旧日本軍の発想と同じである。つまり侵略戦争以外の何ものでもない。このように、「イタリアを守るためにはガリアが必要だ、ガリアのためにはブリタニアが必要だ、ブリタニアのためには・・・」と、某超大国のように戦線はどんどん広がってゆくわけである。かつての「ドミノ理論」と同じ発想である。じっさいには、ベトナムが赤化しても、ドミノは倒れなかったわけであるが。

 「ヒトラーを支持したドイツ国民」、あまたのナチスを扱った歴史書の中でも読みつがれる一冊、ということになっているらしい。本書の主張は、ニュルンベルグ裁判史観の否定である。つまり、「悪いことはみなナチのせい、ドイツ国民は悪くなかった」というイデオロギーに対する歴史的な反証である。
 まず反ユダヤ主義およびポグロム・ホロコーストに対しては、もともと全ヨーロッパ的にその潮流が広がっていたことを背景として(これはアレントの「全体主義の起源」でも触れられている)、つまり「よそ者を作り出し、それを攻撃の対象とすることで喝采を得る」ポピュリズムのひとつの手法であったと著者は考えているようだ。よって、当然ドイツ国民のあいだで、おおっぴらな反ユダヤ主義への反発の声はなかったわけである。なお、友人のblogにて、「水晶の夜」までにユダヤ人が国外逃亡すべきだった、という意見が書かれていたが、このことについては、ヨーロッパ全土に反ユダヤ主義が蔓延していたこと、および初期にはユダヤ人の国外流出を勧奨しておきながら、実際には財産没収などの重いペナルティを化していたことなどを理由に挙げている。当時ユダヤ人が無事に逃げ込めた国は、現実的にはアメリカとイスラエル(まだ建国以前だが)しかなかったわけである。

 次に反共産主義および反社会民主党=反ワイマール主義に関してだが、ワイマール共和国制のもとドイツの治安の悪化が極大に達し、また大恐慌に対してなんら手が打てなかったこと、自由主義が退廃に堕していたことから、当時のドイツ人の中でワイマール制への支持がとても低かったこと、また共産主義に対しても、秩序を破壊する党であるということで支持者が少なかったことが挙げられている。

 特記すべきことは、ゲシュタポおよびクリポ(本書の特色のひとつは、従来軽視されがちだったクリポ=刑事警察の役割に光を当てたことである)による自由やプライバシーの制限に対しての一般市民の反発がほとんどなかった、という事実である。これはワイマール時代への反動で、秩序を保つためにやむをえないと考えていた人間が多かった、ということだけではなく、フロムの名著「自由からの逃走」で分析されているメカニズムが働いた、と著者は考えているようである。これは「人間にとって自由とは何か」という政治学・心理学上の大問題を考える上で非常に重要な指摘である。

 ポーランド人やほかの「非アーリア系人種」に対する迫害や虐殺のみならず、ふつうのドイツ人に対しても些細な理由で処刑が行われていたことに関しても、著者は恐ろしい事実を指摘している。それは、

「人民はどんな政体のもとであっても、それを利用する奸智に長けている」

 ということだ。つまり、家庭内や自分の交際範囲内の人間関係を「清算」するために、この制度=密告がしばしば行われ、それをナチスは制止しようとしたが不可能に終わったらしいのである。これは、まさに政治における被統治者の行動を考える上で、見過ごすことのできない論点である。

 ということで、本書はナチスの時代の歴史描写を通じて、単にドイツ人全体の関与を指摘しているだけではなく、政治において「選挙権を持つ国民の無謬性」という大前提への再考を促しているように、筆者には思われる。「選挙という民主的な手続きによって選ばれただけでは民主的な政権とはいえない」という言葉の意味は、ほんとうは国民は民主的な政権など欲してない、という含意もあるかもしれないのである。
 

2009年01月15日

抑止力としての天皇制

 私的考察である。

 天皇制の効用は、実は意外なところにあるのではないか。それは、「必要悪としての天皇」である。
 天皇が必要悪であるゆえんのところは、それが日本の「戦前との連続性」を体現する存在であることにほかならない。つまり、軍国主義のシンボルである天皇が今も存在することで、一定の政治的な役割を果たしているのではないか、というのが筆者の主張である。

 たとえば。通常「改憲」というと、第九条を撤廃し、再軍備を可能にすることが一番にあげられる。筆者としては、日本国憲法の一番の欠陥は司法制度にあり、「法曹一元化」が憲法に明記されていないことだと考えているから(アメリカ人が日本国憲法を起草したときに、それが前提であると考えていたため、文章として明記しなかった可能性が高いと思われる)、その一文をぜひ入れるべきだと考えている(官僚も与党政治家も裁判所も歓迎しない変化なので、実現はほぼ不可能であろうが)。さて、再軍備をしたいひとびとが、特に中国をはじめとする東南アジア諸国に説得力を持ってそれを認めさせる(もちろん、国内的には憲法を変えれば済むだけの話だけれども)ためには、どうすればよいか。そのときに、この理屈を持ち出せば、表立っての反論はむずかしいと考えられる。それはすなわち、

「天皇制を廃止し、共和制として、軍隊のシビリアン・コントロールを徹底します」

 という論理である。つまり、戦前のように、天皇を文字通り錦の御旗として軍隊が暴走したり、あるいは山田朗氏あるいは楢下豊彦氏などが主張するように、天皇自らが自主的に戦争を起こし、また終結させたということ(これは現行日本国憲法では、とっくに封じられている道だと考えられているが、そうではない。興味あるかたは、高橋和巳「悲の器」を参照)を、共和国に国体を変化させることで、起きないようにするということだ。これに対しては諸外国も有効な反論はしにくいだろう。つまり、天皇は、九条を改憲することに対して、一種の防衛力として作動する可能性がある。

 また、これはより重要なことかもしれないが、

「日本に大統領制を導入する試みへの抑止となる」

 ことも挙げるべきであろう。つまり、ドイツやロシア(ここは笑うところである)のような「象徴大統領制」ならばともかく、アメリカのような議会と対等以上に権力を分かち合う大統領を選ぶ、という悪夢のような事態を(完全にではないけれども)避けることができる。筆者には、今日本で大統領を選ぶとして、国民投票にかけるならば「石原慎太郎」や「東国原英夫」(まあ、まだ後者のほうがいいか・・・)というような名前が出てくることは必然であると思うのである。日本ほど米国式大統領制がふさわしくない国はないであろう。そのくらいなら、まだ天皇にいてもらったほうがいい。

 ほかにも、東京の真ん中に広大な緑地を保持する口実になってくれている、とか、さまざまな使い道が天皇にはあったりする。そのメリットと、皇太子が登山をするたびに新しい登山道がむりやり作られたりといったデメリットをはかりにかければ、意外にもメリットがデメリットを上回ってしまう、ということも考えられる。まさに、この「抑止力としての天皇」の持つ力には注目してもよいと思われる。

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