« 医療過誤のもんだい(3) | メイン | ベーゼンドルファー »

玄人判断はただしいのか?

 むかしは、表題の問いに肯定的にかんがえていた(ついさいきんまで)。これは、例えば、古典的な音楽のジャンル(クラシックとかジャズとか)では、経験年数がながいと同じような作品を「いい」と高く評価するようになってくる事実を、「耳が肥えてくるとよしあしに客観性が出てくる」とかんがえていたことによる。
 しかし、今はそれをちょっと違ったふうにかんがえている。上述したようなことは事実としてあるとおもうけれども、その理由は別に求められるのではないかとおもうのである。
 その事実から出発して、逆にものごとを見ると、どの作品がよくて、どの作品がわるいというものが、血のにじむようなリスニング(笑)から自然に生まれるのではなくて、長年聴き続けているうちに、「どの作品がよく、どの作品がわるい」というひとつの評価の体系を身に付けるよう訓練されるのではないのか、という発想になる。これは、書かれたメディア(本やウェブ)によるものもあるし、マスコミの影響力もあるだろうし、口コミもあるとおもう。そういった音楽媒体いがいの他の「雑音」(他人の評価)が、よしあしのイデオロギー体系を形成するのにひとやく買っているのではないか、ということである。
 そんな発想へのきっかけは、筆者がジャズのジョン・コルトレーンの「至上の愛」という<<大名盤>>にアマゾン・ドットコム上の評価でケチをつけたことに発する。ご存知の通り、コルトレーンは'68前後の学園紛争期に熱狂的に支持されたミュージシャンのひとりである。当時のジャズ喫茶の雰囲気をもうわれわれは知ることができないのがざんねんだけれども、咳きを立てようものなら周りから無言のプレッシャーがかかる、という、現代のリラックスしたリスニング・スタイルとは異なる、「一聴入魂」の没入が音楽に対して求められていたのだった。そんななかで、「ジャズは神に捧げる音楽だ」というスローガンのもと、宗教がかった妙なフレージングを繰り広げるコルトレーンは圧倒的な賛同をうけた。
 もうあの時代から40年近くが経ち、ベートーヴェン的な深刻な鑑賞スタイルもなりをひそめた今、コルトレーンに対してバイアスのかかっていない、真っ当な評価が可能なのではないかと思っていた。お分かりだと思われるけれども、筆者はあのような独善的な、押しつけがましい音楽を、好んで聴こうとは思わない。なので、アマゾン上の評価は「一つ星」、つまり最低ランクにしたのだ。
 すると、「評価の評価」、つまり筆者の評価が適切かどうかのところに、圧倒的多数のひとびとから「参考にならない」、つまり筆者のコルトレーン評は不適切だ、という審判が下ったのだ。さいごに確認したところ、「参考になる」はひとりもいなかった。
 この事例でわかったのは、「コルトレーンを評価する」ような文化が、ジャズを聴くひとつの「作法」となっているというじじつである。つまり、コルトレーンがわからない、ということは、ジャズがわからない、という判定を下される、ということだ。「いい、わるい」を評価するときに、「ジャズというジャンルでは、コルトレーンのようなスタイルが高く評価されるのです。つまり、ジャズの神髄とはこのようなものなのです」という文化を受け入れることを要求される、ということになる。
 これはクラシックでもロックでもR&Bでも何に対しても通用する実態なのではないか。クラシック・ファンで「バッハは嫌いだ」というと、音楽がわかっていない輩だというレッテルが貼られてしまう。かつて吉田秀和という音楽評論家は「バッハのマタイ受難曲を聴いて涙しない人間は、音楽を聴く資格がない」とはっきり明言したが、かくいう筆者も、「マタイは退屈だ」とおもっているので、かれによると音楽を聴く資格がない、ということになる。
 絵画にしても文学にしても、そういった「褒めなければならない作品」というものがあり(文学だとプルーストとかサリンジャーとか、映画だと小津安二郎とか宮崎駿とか)、そういうものが「わからない」とか「つまらない」と感ずる自由が、芸術の世界にはほんとうにはないようにおもわれる。もちろん筆者にはプルーストは「冗長」、サリンジャーは「自意識過剰」と映った。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://out-of-date.info/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/783

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2005年12月31日 14:57に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「医療過誤のもんだい(3)」です。

次の投稿は「ベーゼンドルファー」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。