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医療過誤のもんだい(3)

 筆者の解決策は、保険形式によるものである。すなわち、はじめから「医療過誤」の起きるリスクをコストに含める、という考え方だ。ここで、過誤以外の、許容できる範囲内での失敗をどう考えるか(つまり、手術をしなければ死亡は100%なので手術を行ったが、やはり死亡した、というようなケース)だが、これを同じようなリスクと考えるのはちょっと問題があろう。
 具体的には、医療費の数パーセント(5%程度でいいのではないか)をあらかじめ積み立てを前提に徴収する。そして基金を立ち上げ、医療過誤の際にはそこから支払われる、というしくみである。支払の認定は第三者機関がおこない、医療者側の過失が大きい場合には、医療機関が直接患者(家族)に支払うのではなく、基金に賠償をするというかたちで求償する、ということになる。
 このメリット、デメリットは以下のようなものになる。まず、支払は迅速化される。そして、支払の基準が画一化されるため、公平なものになるかわりに金額は縮小される可能性がある(慰謝料についてはあまり考慮されないということになる)。医療機関については名前が公表されなくなるが、基金への支払が増えれば当然経営は圧迫される。また、過誤の統計的累積が進めば、過誤の割合が高い医療機関については、積立金の割合を増加させる、というかたちで、市場原理が働き、淘汰がすすむようにすればいいだろう。

 現在の方式は「過誤を起こした人間は悪い」という前提に成り立っている。これは、かなりの場合誤りであり、医療過誤は単なる注意義務違反ではなく、状況によってはすべての医療者が起こす可能性があることが看過されている。つまり、十分に注意しさえすれば、過誤は100%防げる、という前提は、筆者は間違っていると考えている。それならば、「過誤は誰でも起こすもの。起きた場合に備えて保険のシステムを作っておきましょう」というかたちで、個々のケースにつきいちいち責任を問う、というやり方は、あまり賢明ではないだろう、と思われる。

 次は、刑事責任を問う、現在のやり方について、行政の視点を絡めつつ述べてみたい。

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2005年12月31日 12:38に投稿されたエントリーのページです。

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