
だんだん事件の全貌が見えてくると同時に、各国の足並みの乱れもまた明らかになりつつある。
中国は西側(特にアメリカ)による軍事介入を望んでいないし、韓国との間に北朝鮮という緩衝地帯を作っておきたいという思惑、韓国は隣国からのミサイル攻撃に対応する迎撃体制を構築するのは不可能だし(近距離過ぎるから)、北との関係をわるくするよりは、日本の対応を非難した方が国内世論への影響もよい、ということで、北朝鮮寄りの態度を取るのはある意味想定内だ。
しかし、現状では国連安保理で制裁案を通過させるのは厳しい状況であり、ここで失敗すると、日米の「ソフト・パワー」は減弱し、北のミサイル発射を正当化することにすらなりかねない。このタイミングを狙ってもともとタカ派である防衛庁長官・官房長官が「先制攻撃」を口にするのも、ある意味想定内である。
ただ、これを「軍国主義復活への一歩」として非難するだけの「リベラル」の態度も、また筆者には正当とは思われない。
矛盾は、善悪とは別に、日本国憲法が、国際法・国際関係論の前提とは違った思想で組み立てられていることから生じている。そして、講学上は、国際的な慣習は憲法に劣後することになっている。しかるに、国際法と憲法が対立した際には、アメリカなどは憲法を堅守する姿勢を見せており(つまり国際刑事法廷で有罪が確定したとしても、犯罪者の引き渡しを拒むのは当然として、そもそも自国以外の権力による裁判自体を拒否するという姿勢である)、それが国際的な非難を浴びる原因となっている。
「先制攻撃論」は、アメリカのイラク攻撃の論理からすれば、至極当然である。しかし、法的構成としては、ふたつの問題をクリアしなければならない。
ひとつは主権侵害の問題だ。もうひとつは憲法と抵触するという問題だ。
国際関係論上、国の主権はほとんど唯一侵してはならない客体である(ことになっている)。これを、国家よりも人民を上位におくべきだ、として、主権を侵すことが正当化される、というのが、「人道的介入」である。そしてこれは最上俊樹氏(「人道的介入」岩波新書)が指摘しているように、非常に厳しい要件のもと行われるべきであり、最上氏の分析からすると、彼が主張する要件をみたしている「人道的介入」はほとんど皆無だったことになる。またもうひとつ(こちらのほうが今回の事案では重要であるが)の論点は、「自国民の法益は他国あるいは他国民の法益を冒しても守られるべきだ」というものである。つまり、極論すれば、「北朝鮮の人民ひとりは、日本国民の人民の生命のためには、何人死んでもいい」という発想だ。
これを非人道的だと決めつけてはならない。国を主権が存する最高の単位だとする国際関係論の立場からすれば、ある意味当然の帰結であるから。ならば、ミサイル基地を先制攻撃しよう、という発想は、ごく自然に出てくるものだと考えられるだろう。
憲法に抵触する、というのは、二つの意味で考えなくてはならない。ひとつはいうまでもなく、「専守防衛」、いや、「自衛のためといえども戦争放棄」(これはいわゆる「芦田修正」で否定されたということになっているのだが・・・)の原則に反する行為だということだ。筆者が強調したいのは、日本国憲法の「平和主義」原則が、この国際法上国家は最高の主権単位(最近はNGOにも主権を与えるという考え方がつよくなってきているが)である、という原則を否定している面がある、ということだ。
だから日本国憲法がまちがっている、といいたいわけではない。国際的な潮流に反しているなら、それを自覚した上で運用すべきだ、といいたいのである。
問題が大きいために、結論めいたことを先走ることには慎重でありたいが、結局すべての根源は、小室直樹ではないが、「憲法に魂が入っていない」ことにある、と考えざるを得ない。
筆者じしんは改憲論には反対の立場を取るが、現在の国際法上の枠組みに憲法を合わせた方が運用上利益がある、という国民的な合意が成立するなら、戦争が可能なように改正すべきだろう。ただ、周囲の国家の賛成を得られるとは、こんかいの中国・韓国の反応をみているだけでもとても考えられないし、再軍備・自衛権をおおっぴらに宣言するための外交努力を重ねているとも思えない。
自民党内閣が続く限りはこの現状は変わらないであろう。
>山村さん
>真珠湾攻撃を待てずにアメリカが戦争を始めていたら?
誰が書いていたか忘れたけれど、当時のアメリカにはまだモンロー主義者がたくさんいて(国際連盟に加入できなかったことを想起すべし)、対日戦争に対しても国内的反対が多数あったとのこと。
だから、ルーズベルトにとっては真珠湾攻撃を仕掛けさせることが絶対に必要だったということで、逆にハル・ノートを受諾したことにして、何もしない、という選択肢がアメリカは困ったのだとか。
ま、それ以前に、油を断たれた日本が死んでいたのかも。
コメント (1)
書いてることは正しいと思うけど。
歴史的には、先に攻撃した主体より、先に攻撃された主体の方が、それ以降の話を進めるのに有利だった、とも思うんだけど、どうでしょう?
例えば、真珠湾攻撃を待てずにアメリカが戦争を始めていたら?とか。
投稿者: スイスの山村 | 2006年07月11日 05:59
日時: 2006年07月11日 05:59