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劣等感(2)

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 きょう気付いたのだが、筆者はほとんど「習い事」をしたことがないのだ。珠算塾には通ったことがあったけれども(小学校四年まで)、塾や予備校さえ嫌いで、結局短期の講習以外は受けずに済ませてしまったくらいである。

 習い事は子供本人の自主性と、親の熱意がせめぎ合って決められるものである。果たしてそれだけだろうか? いや、そうではない。そこには、親の社会階層による、厳然とした暗黙の共通了解がある。

 どういうことだろうか。
 たとえば、筆者は、国立の医大を卒業しているが、高校在学当時、そのような学校を志望している同級生はほとんど皆無に近かった(私立の医大志望者はそこそこいたけれど)。これが、コンスタントに国立医大に卒業生を送り込んでいるような学校であれば、生徒の間にある常識が共有されるようになる。例えば、受験で有名な神戸にあるN高校では、

「生徒は全員同じ参考書を使用している」

 という話を、卒業生から聞いた。ほんとうかどうかはわからないが。。。

 入学してからも、まったく高校時代からの知り合いもおらず、むしろ他学部の友人と付き合うことが多かったために、「医学部の常識」を知らないまま(例えば、学生時代に短期留学するとか、USMLEの勉強会をするとか、そういったことには筆者はまるで関心がなかった)卒業してしまった。なので、いまだに筆者は、

「同窓生の文化」

 について、よくは知らない。筆者が他の同級生と大きく違った進路を歩んでいるのも、それが一因である。例えば、筆者の同級生はほとんどが大学院に進学しているはずであるが、それをしていないのも、大学の医局の所属を外れてしまったことも、それが一因ではあろう。

 話がじゃっかんそれた(まるで無関係なわけでもない)。
 ひとことでいうと、筆者の両親には、

「子供に習い事をさせよう」

 という、文化的な習慣がなかったのである。それは、筆者のみならず、筆者の兄も同様であったことを記しておけばじゅんぶんな証明になろう。

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2006年12月24日 22:59に投稿されたエントリーのページです。

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