
いつかゆかねばならぬと思いつつ、いつも鳥居の前でそこをくぐることを躊躇した場所にようやく行ってきた。この神社のあらましについては改めて紹介するまでもないであろう。神社の中にある記念碑によれば、もともとここは神道無念流(桂小五郎が有名か)の道場、練兵館があったところだそうだ。それもこの神社にふさわしい(?)と言えよう。
何といってもこの神社を有名にしているのはあの遊就館である。題字を閑院宮載仁親王(1931-1940 参謀総長)が書いている。入場料1000円を払うのがもったいなかったので、入り口の広場は無料、そこに入ってあの有名な「零戦」を撮ってきた。迫撃砲なども展示してあって、戦没者の慰霊というよりは、むかしの鎮護国家思想を濃く伺わせるような感じ。じっさい、「国を守ろうとして亡くなった英霊の弔い」というよりは、これら英霊によって国を守ろう、というコンセプトに見える。
昨日の購入 なし
昨日の読了
トルストイ「青年時代」新潮文庫 B
ほぼ昨日「少年時代」について書いたことがそのまま当てはまる。それにしても、貴族が「身分が低い」というだけで、平民に対して優越感を抱くというのは、それだけでも読んでいて気分が悪い。

どちらかというと、この石碑の方が問題なんだな。
これは、東京裁判で唯一被告全員の無罪を主張したインドのパル(パール)博士を称えるものだ。もちろん、パル博士の主張は「事後法の禁止」という、法的にわかりやすく妥当な無罪の主張をしたという意味ではむしろ正統的なものなのだが、靖國に彼を称える碑を置くということは、訪れた外国人からすれば、日本は東京裁判を否定し、侵略戦争を正当化しようとしている、と取られても仕方がないだろう。ある意味、むしろ遊就館などは無邪気なものに見える。
「国を守るために命を犠牲にした英霊に敬意を表そう」という主張は一見もっともらしく見える。そのことばだけ取り上げれば特に反論の余地もないのだが、では国家が国民の生命を守るためにどれだけの努力を払ったのか、ということはあまり議論されない。十五年戦争は「国を守るために必要な戦争」だったのであろうか。