
もともと筆者はスポーツ観戦が好きではない。それを割り引いて読んで頂きたいのだが、むかしから、つまりプロフェッショナルの参加が許可される以前から、オリンピックで国中が熱狂するという事態が不思議であった。
はっきり書くと筆者はオリンピックが嫌いだ。その傾向は年々強くなってゆく。もともと冬のオリンピックは「先進国」オンリーと言われている。つまり、雪がないということもあるが、お金のかかるウィンタースポーツの人口は、南北で大きな差があるのだ。メダルが北欧や中欧の国々に独占されているのは、単に地理的な問題にとどまらないことを意味している。
また、参加する国々も年々二分化していると言えるだろう。参加者が一桁の小国の選手は、最初からメダル獲得は考えていないように見える。国の代表として参加していること自体を楽しみ、誇りに感じているように思われる。これに比して、選手がはじめからメダル獲得を目的として参加している国々がある。もともと共産圏の国家はそういう傾向が感じられたが、わが国もこの部類に属すると考えられる。
オリンピックには唯一禁止事項がある。そう、ドーピングである。ではドーピングに属さなければ何をやってもいいのか? 専属のコーチ、栄養士、マッサージ師・物理療法(鍼灸その他を含む)士、そしてスポーツ関連器具メーカーによる特殊ウェアや装備の開発、、、と、とにかく選手を養成するためにはカネがかかる。そして、メダルを取らなければそのかけたコストは回収ができず、そもそもコストがかけられるか否かという時点で差がついてしまっている。今回のフィギュアの三人にしても、実家はかなりの金持ちであり、平均的日本人とはとても言えない。オリンピックは参加することに意義があり、メダルが獲得できるかどうかは全力を尽くした結果に過ぎない、などという綺麗事をもう誰も信じてはいないだろう。放映権の問題だけでなく、選手そしてその取り巻きを含んだ、一大ビジネスになっているからである。
だから、筆者はそこに視聴者として参加しようとも思わないし、年々そのような傾向を強めてゆくスポーツ産業に興味も抱かない。メダル獲得が裾野を広げることになる、と関係者はいうだろうが、実態はあまりに不自然ではないだろうか。それだけの巨額な金銭が動くなら、事実上冬のオリンピックから排除されてしまっている南のひとびとのスポーツ振興のために1/100でもお金が使えないだろうか。誇らしげにひとりで国旗を掲げて歩く小国の選手を見るとそんな風に思うのだ。