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子供の株取引

 あちこちで記事になっているから引用は控えよう。
 例によって、スイスの山村氏のコメントを期待していたのだが、まあ妥当というか、見方を変えれば常識的に過ぎるとも言える。引用されている森永氏にしても、「もっと早くから株取引をやって、グローバル時代に適応できる子供をつくるべきだ」などと発言したら、おそらく間違いなく干されるだろう。ということは、彼もマスコミの期待通りの発言をして、生き残りを図ったことになる。つまり、世論を「小さいときから株取引に手を染めるのは子供の教育上よくない」というところに落ち着かせよう、という操作の臭いを感ずる。実際にやっている子供が多いということは、黙認、あるいは積極的にやらせている親が少なくはない、ということで、これは「現実」と「世論」とは逆の方向へ行っていることを意味する。「子供はいけない」というなら、裏を返せば大人ならどうしてよいのだろう? 例えばホリエモンは悪いが村上ファンドはよいのか? 「株の売買で儲けるのは本来のすがたではない」といいつつ、そうやって儲けているのがファンドではないのか?
 ひっきょう、子供の株取引を批判する立場は、単に子供に「汗水たらして働くことが労働だ」という倫理観を押し付けようとしているだけで、「どうして株取引を若年から始めることがわるいのか」という疑問には直接答えるものとなっていないのだ。あの村上氏も、小学生から株取引を始めている。しかし、彼の場合は、「授業中も気が気ではなかった」とはならず(当時はネット取引もないし、分刻みの情報蒐集は今に比べれば要求されなかったということもあろうが)、ちゃんと東大へ入っていることから同一視するわけにはいかない。
 今や「お金」はさまざまな証券のかたちを取って「商品」となっている。モノをつくることが資本主義の大原則ではなく、儲けることが原理である以上、「商品」を売り買いすることで儲けることを倫理的に批判することは間違っている。それが実質的な経済成長に関与しないことを持って、いけない、という判断を下すことは筋違いとも言えるだろう。

 今回は、あえて筆者自身の意見は書かないが(長くなるから)、「いけない」と非難するなら、その理由をきちんと論理的に(あるいは倫理的に)説明する必要がある、と思われる。それができなければ、当然ながら株取引に使える時間は、親よりも子供の方が潤沢な以上、子供に代行させることが合理的である、というもっともな意見に反論できない。また、地道に勉強をして大学に入ることが、株取引を生業とすることよりも優れている、と一概には言えないことは、'90の大企業倒産を見ても言えるだろう。

追記

 それに、森永氏のこのコメント、どう考えてもおかしいだよなぁ・・・この人の本は読んだことないけれども、あまり優秀な人でなさそうだ、とは判断できる。もし記者が手を入れていないのなら。

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2006年02月06日 10:07に投稿されたエントリーのページです。

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