B 刑事責任について
この問題を論ずるためには、刑法総論の知識が若干必要になる。ただ、業務上過失致死/傷害のばあいには、通常の犯罪のように、「構成要件をみたす、違法かつ有責な行為」という厳格な縛りはなく、ほとんど無過失責任が追求されているのと同様だと考えればよいだろう。
刑事政策上は、旧派刑法学的な「眼には眼を」という処罰を優先するか、新派刑法学のように、有罪者にはある一定の教育的措置を課すか、というような方針のちがいはあろうが、その政策を決定するのに当たって、優先して考えなければならないことがふたつある。
ひとつは、大前提として述べた「医療はそもそも過誤を必然的に内包する」という考え方にたつかどうか、である。現在、最も頻繁に生じている業務上過失致死/傷害罪は自動車事故であるが、このばあい、ドライバーは必要な注意義務を満たしていれば事故は生じない、とする考えが出発点となっている。この点、自動車事故と医療事故を同様に考えてよいのか、という問題が生ずる。
もうひとつは、最終的に保護されるべき法益はどこになるのか、という決定である。医療機関にかかるべき一般市民の権利が保護法益ということになるかと思うが、その法益保護のために刑事罰が有益であるのかどうかという検討が必要になってくる。これは自動車事故では生じない論点だ。というのは、自動車のばあい、事故を起こしたくなければ自動車に乗らない、という選択肢が、プライベートでドライブを楽しむ場合はもちろんのこと、業務で自動車を運転する場合にも全く選べない、というわけではない。ところが、医療従事者の場合、事故を避けようとすれば、職業を変えるという選択よりは、「事故が生じる可能性の高い仕事から遠ざかる」というかたちで防衛反応があらわれる、ということだ。その結果、医療従事者の分布が、リスクの低い部分に必然的に集中することとなり、市民の医療全体へのアクセスが低下する可能性がある。そのことを十分検討すべきである。