前にも貼ったかもしれないが、このリンク、ご覧になったことがなければ、一度視聴して頂きたいと思う。
正直、決して唄がうまいとは言えないんだよなあ。
昨日の読了
葛西善蔵「哀しき父・椎の若葉」講談社文芸文庫 ?
正直ここまで来ると筆者には評価することがむずかしい。まず、テーマは葛西自身の生活を題材にした、いわゆる日本文学史上に名高い「私小説」というジャンルに属する。そこで、文士の生活の窮乏、地元に残した妻や子供との関係、東京で同棲している愛人との愛憎、先輩や友人との人間関係が描かれるわけだが、純粋な生活の報告というわけでもなく、作品に迫真性を持たせるためにフィクションも取り入れられている。
しかし、伊藤整/平野謙がその「小説の認識・小説の方法」と「私小説論」でそれぞれ指摘しているように、このジャンルの作者は「小説を成り立たせるためには私生活が破綻し、生活が安定すると小説が書けなくなる」という二律背反に生きるために、その人生ははなはだ反倫理的なものとならざるを得ない。彼にかかわりをもつ恋人や友人の生活を大なり小なり巻き込み破壊するからである。
そしてこの小説群で示される作品の迫真性、真実性は、読み手である筆者にとって、必ずしも快いものではない。読了し得たときにほっとしたというのも正直なところだ。吉川英治や中里介山らの歴史小説や、さいきん流行りのミステリーを読んだ方が、精神衛生上もずっとよいのではないか、という気がしないでもない。有り余る時間と気持ちの余裕を持った学生ならともかく、社会人として時間を削り、余暇を労働と生活を支える糧とせざるをえない(つまりその生活は労働中心であることを避け得ない)現代日本人のほとんどにとって、時間の合間を縫って読む小説としては、正直推薦し得ないように思われる。