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覚書

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 このところ更新を怠っていたので最近読んだ本をまとめて書いて置こう。

最近の読了
 高坂正尭「高坂正尭外交評論集」中央公論社 B
 石橋湛山「石橋湛山回想録」岩波文庫 B
 大庭みな子「オレゴン夢十夜」講談社文芸文庫 B

 全部評価だけをみるとありきたりだが・・・

 まず、高坂氏のものは、氏の没後十年以上経った今でも読む価値があるのかどうか、という疑問に答えねばならないだろう。本書は1960年代の冷戦時代の評論からはじまり、死の直前の1996年に書かれたものまで収められているのだが、本書の読みかたは、ひとえに著者の時勢の分析と的確な助言、そしてそれらを支える、政治学に止まらない、経済学といった隣接分野から、文学や哲学といった幅広い教養の裏付けを見て取ることに尽きる。ある意味、過去の時論というものは、結論が後世から見えてしまっている分、著者にとっては不利な面が大きいわけだが、結果的に間違った分析や政策でも、そこから氏の一番の長所である、バランス感覚に溢れ、しかもリアリズムという現実政治の基礎となる方法論に寄った、明晰かつ説得力に溢れた議論に触れることは、決して無意味ではない、どころか、最近かかれたどんな時論よりも、現実の(現代の)政策を考える上でも、貴重な指針を与えるものであるように、筆者には思われる。

 石橋湛山の回想録はちょっと不満が残る。氏の戦前における立場が特異なものであったことは、戦後レトロスペクティブにみれば誰でもわかることなのだが、氏の独自の立場がどのように形成されていったのか、これだけでは想像しかねる部分もあるからである。
 まあ、そういった部分は、さまざまな伝記に寄ればいいのであろうが。

 大庭みな子は日本の女流作家の中でも、湛山同様特異な存在とみなされている。その特異さは、解説で三浦雅士氏が述べていることが当てはまると思われる。つまり、「西洋かぶれ」と自嘲しているように、大庭氏のアメリカ文学からの影響はある意味みせかけのものであり、大庭氏ほど日本的な作家はいない、そしてそのことによって、却って世界的な文学になりえた、というのが、氏の説である。
 しかし、どうしても、筆者には大庭氏が描く、男とオンナの関係が感覚的に受け入れられない。「オトコがオンナをつくり、オンナがオトコをつくる」という氏の感覚には受け入れられる部分もあるのだが、もっと性とは隠微な、いやらしいものであり、しかも吉行淳之介の文学が描いているように、生の不安とつよく結びついているように、筆者にはおもわれる。

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2007年09月07日 22:42に投稿されたエントリーのページです。

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