
昨日、スピーカーのAM-5IIIが届いた。五万円なのは、外装が樹脂製だということも関係しているだろう。写真の左はキューブ型スピーカーの部分で、これを左右に一つづつ設置している。マウスを置いたので大きさがわかるだろう。右は独立しているウーハー部で(これは、低音には指向性、つまり人間の耳には、どこから低音が聞こえているのかわからない、という理論による)、アンプの小ささとこのボックスの巨大さがわかるだろう。中型のタワー型パソコンと同じくらいの大きさである。
音は、、、
まだ十分に鳴らし込んでいるわけでもなく、単に線を繋いで机の上に無造作に置いたに過ぎないが、随分とシンパルの音がシャープに聞こえる。これだけだと単にバランスを崩しているに過ぎないが、よくボーカルや他の楽器を聴いてみると、あきらかに定位がよくなり、各パートが鮮明になっているのがわかる。しかし、パソコン用のスピーカーとしては、低高音を持ち上げ(いわゆるドンシャリ)、もわーんと分解能のわるいサウンドを聴かせる前のMM-2のほうがまとまりはいいのかもしれない。これからいろいろと設定を追い込んでいく必要があるだろう。
さて、例のアンプだが、ボリュームのつまみは1/4くらい回したところで、出力としては十分なようだ。つまり、5W+5Wくらいの出力で済んでいる、ということだろう。おそるべしデジタルアンプである。
昨日の読了
アルバート=ラズロ・バラバシ「新ネットワーク思考」NHK出版 B
評価はBだが、「推薦度」を考慮すると、AあるはSを進呈してもよいかもしれない。内容は、「べき乗分布」とは何か、それがいずこでみられるのか、という数学的/社会学的/生物学的な紹介なのだが、欧米の良質の概説書にみられる、適切な事例の引き方、巧みなイントロによって、最後まで飽きずに読める。
べき乗分布とは、少数の勝者(金持ち)と大量の一般人(貧乏人)とを併せ持つ分布であり、ネットワーク的には前者は羽生、じゃなくてハブ(これはまさにPCでネットワークを組むときに、多数のコンピュータを繋ぐ接点というものである)と、個別のコンピュータというかたちであらわれる。そして、このようなインターネットの姿は、計画されて出現したものではなく、他の生物現象や社会現象と同じく、自然発生的に、ある確率的な法則に則って出現するというのが著者の主張である。
これがどうして衝撃なのか。資本主義社会において、少数の金持ちと大多数の貧乏人にわかれるということは、資本家の陰謀などではなく、ひとつの自然現象に過ぎない、という結論を導くからである。すると、それを悪として修正しようとする試みは、必然的にマルクス的な共産主義経済をめざすという論理に直結するからである。そこまで極端な論理展開に行き着かずとも、修正資本主義経済のような微温的な手段では、この自然法則に逆らうことは難事であることは容易に想像される。
それに、このような帰結は、「グローバル経済において、少数の人間に富が集中する」事態を、倫理的に善とみなす一群の論者(本間前阪大教授など)に正当性を与えることになる。自然の法則に従うことが生物である人間にとって当たり前のことであり、それを倫理学的に善と規定するならば、そういう結論に自然に導かれるわけだが、どう考えるべきなのだろうか? ホッブスやルソーがみなしたように、「自然状態」が悪なのであれば、この事態は是正すべきなのであろうか??