と、タイトル変更したほうがいいかな。
職業的な立場からこの病気のメカニズムと治療についてかんたんに考察してみよう。
薬物中毒と過敏症はあきらかに異なるものとされており、大きなちがいは、中毒のばあい単一の物質が原因である、ある程度大量に(中毒量)摂取しないと障害が出ない、中和あるいは排出で改善する、再摂取しない限り再発しない(パラコートのように、徐々に障害が進んでゆくものもあるが)などの特徴がある。
しかるに、過敏症では、いったん感作されるとごく微量の暴露でも症状が出る、複数の物質に過敏症状が出る、過敏状態は長期間持続する、など、根本的に異なっている。
よく、過敏症は「バケツ仮説」、すなわち、人体をひとつのバケツととらえ、一度化学物質がバケツを溢れると、ちょっとの量でもバケツから溢れ出て症状を起こす、と説明されている。
しかし、筆者にはこの説明は納得しがたい。なぜならば、こちらのページでも触れられているように(このリンク先の医学的な部分の説明は、筆者が読んでもおおむね妥当であると思われる)、化学物質過敏症のもっともポピュラーな原因物質であるホルムアルデヒドは、「水溶性で体内に蓄積しない」ことが知られている。つまり、「溢れ出る」という説明には無理がある。
むしろ、さまざまな仮説の中では、「自律神経攪乱説」が妥当であるように思われる。筆者はむち打ち症の経験者だが、その症状とほぼオーバーラップしているからだ。むち打ちでは頚椎の強打が頚髄の交感神経節や迷走神経に影響を与えているように、化学物質の過敏によって自律神経の機能障害が生じている(そのために過敏が生じ、過敏のために自律神経障害が悪化する)ととらえるほうが、筆者には納得できる。
もしそうであれば、治療は「化学物質の暴露を避ける」ことが基本なのは間違いないが、「体内に蓄積された化学物質を排除する」ことは治療にはなりえないのではないだろうか。特に温熱(サウナや入浴)の効果はつとに指摘されているが、これは"detoxication"を目的としたものではなく、自律神経機能の回復を目的としたと考えるとわかりやすい。発汗によって化学物質が排除できるとは(先のリンクにも記載があるが)医学的常識から言って、到底承服しがたい。
運動療法が有効であることから、ある病気との相同性が問題になるけれども、それは次回また考察してみる。
最近の読了
大庭みな子「海にゆらぐ糸・石を積む」講談社文芸文庫 B
前者はアラスカ在住時の人間関係をめぐる連作小説。後者は、「地蔵和讃」をモチーフにしている。
これらの小説を、じっさいに出会ったひとびとを題材に取っているからといって、私小説というのはむりがあろう。葛西善蔵や嘉村礒多は戦前絶賛を博したが(戦後の文芸評論家から一斉に私小説を排斥する風潮がつくられ、それ以降省みられなくなっているのはこれも一種の流行に過ぎないであろう)、彼らの「真実・良心追究」という(何をもって「良心」というかは難しい問題であるが)路線ではないことはたしかである。
彼女の小説には「アメリカ臭」があるとも言われるが、それはなかば当たっており、なかばは間違っていると思われる。舞台をアメリカにおいているから、登場人物にアメリカ人がいて、彼らとの交歓を描いているからアメリカ臭がするのではない。「もっとも日本的な作家」ともいわれるが、筆者には彼女の感性や発想法じたいにアメリカの匂いがするように思われる。おそらくその異質感が、「日本の小説界に衝撃を与えた」と言われたのだろうし、今の筆者の感覚からするとどうしても違和感を感じざるを得ない。アメリカ文学の研究から出発し、じっさいにアメリカ文学の影響を受けた作品を書いている小島信夫のほうが、筆者には日本人的な感性で書かれているように感じられる。
まあそれらは感じ方であり(筆者は文芸評論家ではないから)、自分の感覚との「ずれ」をそのように表現しているにすぎないのだが。
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8月29日、本日の読売新聞の医療ルネサンスに出た、過敏症患者の杉崎順子です。ただいま署名活動をしております。家探しもしています。なにか情報がございましたら、私のHPか、娘のブログにお寄せ下さい。よろしくお願い申し上げます。「ガイアの夜明けの杉崎順子です」ttp://yoriyoriko.web.fc2.com/ 「モスカルのCS日記」ttp://rararabit.blog5.fc2.com/
投稿者: 杉崎順子 | 2008年08月29日 11:27
日時: 2008年08月29日 11:27