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化学物質過敏症考

 紙に対する過敏のため本も読めず、PCを触るくらいしかすることがない。これで電磁波過敏症を併発したら終わりだな・・・

 化学物質過敏症 (CS) では自律神経障害が主体であるということから、まっさきに思いつくのが、慢性疲労症候群 (chronic fatigue syndrome, CFS) と線維筋痛症 (fibromyalgia, FM) との異同である。
 慢性疲労症候群の症状とオーバーラップするのは、

・咽頭痛
・疲労感
・頭痛、めまい

 と言ったところだろう。ただ、CFSの典型的な症状としては、「朝起きられないくらいのひどい疲労感」というのがあり、そこまでのひどい易疲労感は、CSでは重症例に限られるであろう。

 それよりも、筆者にとって興味深いのは、FMとの異同である。FMとCSとの共通点は以下のような部分だ。

・性差がある
・物理療法が有効

 これはかなりのヒントになるような気がする。まず、FMは圧倒的に女性の病気と言ってよい。CSでは性差はあきらかにはされていないようだが、どうやら女性がおおいようであり、男性は少ないし、罹っても女性に比べて軽症な印象を受ける。筆者も、自覚的には非常に困っているが、まだ何とか仕事ができているし(紙に反応するので、いつまで可能なんだかわからないが)、少なくとも運動も温熱療法もできている。そのくらいの体力は残っているらしいから、おそらく軽症例なのであろう(軽症で、発症直後から紙に対する過敏症・・・これは、単一物質にではなく、多数の化学物質に対する過敏性を獲得しているということだ・・・を生ずることが、果たして軽症なのかどうかはわからないが)。

 これは、性ホルモンがこれらの疾患に関連しているということであろう。ということは、

・これらの疾患は閉経すると軽快するのか
・ホルモン療法は有効か

 という疑問を産むことになる。

 また、FMでは中枢神経の疼痛感受性が亢進しており、その過敏性が運動療法によって解除されることが知られている。FMの患者さんに対しての生活指導は、「どんなに辛くてもからだを動かすようにしてください」ということに尽きる。じじつ、これによりかなりの患者さんが症状の軽快をみる。そして、CSの患者さんに対しても、同様の指導が行われるようである(しかし、FMに対してのように、劇的な効果はないらしい)。とすると、FMに対しての特効薬であるamytriptyline (トリプタノール)がCSに有効なのではないか、という疑問が生じてくる。
 筆者もCSに罹患してまもなく不眠症を生じており、睡眠薬を服用しないで就寝することができずにいる。ということはトリプタノールが有効である可能性もあると思うのだが、問題なのはこのような三環系抗うつ剤は肝機能障害を来したり、それ自体が過敏症の原因になるポテンシャルを持っている、ということであろう。薬剤過敏症に対して三環系を使用するのは医師としてはかなり勇気の要る行為なのだ。

 まあ、自分のからだなのだから、人柱になってみてもいいのだが。

昨日の読了
 酒井直樹「日本/映像/米国――共感の共同体と帝国的国民主義」青土社 B

 前半はスラヴォイ・ジジェクや内田樹のような映画評論なのだが、取りあげられている映画のひとつが、こう言ったケースで登場する「ディア・ハンター」だったり「ゆきゆきて神軍」だったりするのはちょっと失笑してしまう。筆者は映画をほとんどみないクチだが、それでもこのふたつの映画は観たことがある(しかし、それは筆者が一緒にこの映画を観た相手が映画おたくであったからだろう。読者のなかに、「神軍」をご存じのかたはどのくらいおられるだろうか?)。
 「神軍」はともかくとして、他の映画のなかには、コロニアルな支配を失い、自らの力が失われたことを否認したいという「帝国」(ここでの「帝国」は文字通りのアメリカ、イギリス、日本といった国家のことである)の願望が投影されているという。
 そこで、そのような「支配する男性=支配される女性」という枠組みから外れた「エム・バタフライ」が称揚されるのだが、この作品については別の本の中でみたことがある。「進歩的知識人」の眼は同じ方向へ向いているようだ。

 そして後半では、日本軍が従軍慰安婦を用いた事実を隠ぺいしたい保守派の「恥知らずな」心理がさまざなな角度から分析され、最後に国民国家の一枚岩的性質を打ち破るために「日本人を割る」ことが提案され、締めくくられる。

 例によって正確な要約ではないが、著者が述べているように「どうしてファシズムはそれほど魅惑的なのか」について過去のサヨクの論者が無関心であったことはその通りだと思う。しかし、その著者が見落としていることがふたつある。ひとつは、(これは当然著者が予期している疑問であろうが)「日本人を割る」、すなわち、日本人じしんによる戦争犯罪人の処罰を行うことで、責任の所在をはっきりさせることは、「日本人である」ことによる道義的責任を隠ぺいすることにならないか、ということだ。これは著者の思考の範囲内であろうから、「日本人として」集団的に責任を取ると言うあり方が、日本という国民国家を強化してしまうというパラドクスを解決するために、そのような「割る」という選択肢を呈示していることは理解できるのだが、筆者にはそのパラドクスの解決に著者が成功しているとは思われない。

 そして、第二の疑問のほうがより大切なのだが、著者がいうような「超国家的帝国(ネグリ/ハートのいう「帝国」だ)」が、従来の国民国家と連携しつつ世界中を覆ってゆく、そして日本の保守政治家(安倍のようなタカ派よりも小泉のような新自由主義の政治家を意味するであろう)が、親米という枠組を堅持しつつ、実はアメリカによる日本の属国化を推し進めているという認識は、著者のような論者(ネグリ/ハートをはじめ、金子勝や藤原帰一、そして植草?)が共通して持っていると思われるのだが、その理由について真剣に考察されることがないように思われる。小泉、安倍といったこれらの新自由主義論者、あるいはタカ派論者は、本当に自分たちのイデオロギー性のためだけに、あるいは個人的な利益のためだけに、そのような政策を推し進めているのだろうか?

 筆者には、ものごとはそんなに単純なものではないように思われる。安倍はともかく、小泉は「国士」であって、真剣に日本の国のゆくすえを考えていたことは事実であるように思われるからだ。
 だから、筆者には、「スーパー帝国」を推進し、あるいはそれに惹きつけられてゆくひとびとの心理や動機を解明することが絶対に必要であると思われる。「日本の完全属国化」が、日本人そして世界中の利益になると、彼らは心から信じて行動していると考える方が、自然だからである。

>いつも毒気を吐いている様に見える君が

 毒気の吐き方が少ないと発症するようです。毎日エクササイズとサウナでグロッキー気味。

>エム・バタフライ

 二十年間付き合っていて相手の性別がわからないなどということが現実にあり得たのはどうしてだろう?? えっちすればすぐにわかるのに、と思っているのは筆者だけではあるまい。

 映画ではどうなっていましたか?

>相手を尊重し、理想化し、深く愛した結果が・・・世界一大間抜けな男と失笑を
>かった

 では期待通りのコメントをば。

「やらせてくれないオンナと二十年も付き合うな!!!!!」

>「東洋風の神秘的な愛の表現」

 筆者には通常の性交と肛門性交の区別がつかなかったことを重視したいのですが、
そこに眼が行くのはやはり筆者くらい??

#筆者的にはそれに二十年間気付かないことこそありえないと思われ。

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コメント (3)

アカヒゲ:

第五殿、CSについてお見舞い申し上げる。
いつも毒気を吐いている様に見える君が(失礼)、そんなデリケートな状態にあるだなんて・・・・これは一体どういうことなのだろう?君の身体に何が起きたのだろう?これは精神的なこととは関係あるのだろうか?

ところで、
>「神軍」をご存じのかたはどのくらいおられるだろうか?

「はい!」知っているよ。
これを見てから原一男監督に興味を持ったんだ。このあと立て続けに「前身小説家」も見てしまったよ。ただしぼくはオタクではない。一時話題になっていた映画だと思う。
ちなみに「エム・バタフライ」も映画で見たが、この話が実話をもとにしていると知っていたから、とても笑えなかった記憶があるよ。
相手を理想化したが為に、男を女と思い違いしていた物語だものね・・・。ある意味幸せな話なのかもしれないが・・。

アカヒゲ:

ごめん、間違えた。
「前身小説家」ではなくて、「全身小説家」だった。

>映画ではどうなっていましたか?

東洋的~のやり方で通して、相手に決して見せない、触られないということを徹底していたみたい。
相手を尊重し、理想化し、深く愛した結果が・・・世界一大間抜けな男と失笑をかったというわけ。
僕もこのニュースを知ったときには大笑いしてしまったのだけれどね。「考えられない!」と・・・・・。
映画ではとうてい笑う気になれなかったよ。脚本と俳優の演技によるんだろうね。。。。

アカヒゲ:

 >では期待通りのコメントをば。

別に誰もこんなこと期待していないんだけれど・・・・。
考えすぎだよ!

>「やらせてくれないオンナと二十年も付き合うな!!!!!」

残念でした!! 彼女(彼)はちゃんとやらせてくれたんだよ。その証拠に映画では愛の結晶である赤ん坊を見せるんだ。(もちろんどこからか連れてきた偽物)
ただ場所が違っていたというわけ(でも何処に?)。

「東洋風の神秘的な愛の表現」ということで二十年間(この年月は知らなかったよ。)も相手をその魅力で虜にした、という事実こそ重要視するべきだろう。
その秘策の核心は、決して見せない、触らせない、ということだったのか・・・・・。

なんか、悶えそうだな。。。。。


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2007年10月13日 20:40に投稿されたエントリーのページです。

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