こんかいは、まず携帯トイレの話からはじめよう。先日amazon.co.jpで、ハイマウントの簡易トイレというのを買った。これは、筆者はトイレの設置されていない山に行くことのほうが圧倒的に多いから、環境への負荷が前から気になっていたことが理由である。
この携帯トイレ、メーカーのホームページでは使い方がよくわからない。筆者の一番の懸念は、同じ袋で小用が何回できるのかということであった。一回の小用で一袋が必要であれば、とても実用的な製品とは言えない。というわけで、今回の山行では一袋持っていったのだが、小用の有用性を検証する前に、早くも携帯トイレの必要性を十分認識させられるという結果になった。
前回と同じく藤野発やまなみ温泉行きのバスに乗り、東野行きに乗り換えバスを降りたのが7:20くらい。今回はここから延々と神ノ川キャンプ場まで約1時間のみちのりを歩くことになる。車道だが、林道なのでクルマはほとんど来ない。バスを降りたときには感じなかったのだが、歩いていくうちに尿意だけでなく便意を感じはじめたことに気付く。目指す先はキャンプ場だからそこでトイレを借りることができると思い、がんばって歩いていたのだが、キャンプ場を目前にしてどうしてもがまんができなくなってきた。そこで人通りもクルマも見当たらないことを奇貨として、いきなり簡易トイレを使ってしまうことになった。よかったのか、悪かったのか・・・

キャンプ場に着いてから神ノ川を渡り、対岸を歩いてゆく。このコースは一般向きではないはずなのに、何とすでに山岳耐久レースのコースと化していたのである。「一般の登山者に会うこともない」コースだと書いてあるが、たしかにここでも倒木が道を塞いでいたりなかなか手入れの行き届いていないコースであった。なお、このコースは一部道の分岐が不明瞭なところがある。迷ったときは尾根を外さないのが吉である。
しばらく進むととの分岐を分け、ここから急な登りとなり、道の状態はいきなり悪化する。しかし、特にわかりにくいところもない。ここから三十分足らず(だったとおもう)鐘撞山の山頂へ到着する。展望はないが、何人かのかたがblogで書いているように、この鐘の音色はとてもよく、ぜひ鳴らされることをお勧めしたい。

ここから少し下って直進し、小ピークを過ぎると右に進路を変え、巨大な山が行く手に望見される。これが目指す大室山であるが、距離が近く見える割には標高差がありそうにみえる。これは目の錯覚ではなく、実際にここから600mくらいを短い距離で稼がなければならない。そしてここからの登りは丹沢で一、二を争うと言われる急登である。木がなければとても登攀不可能な登りで、桧洞丸のツツジコースの急登を思い出すが、そこよりは困難感はかなりつよい。なぜなら地面が土であり、靴が滑るからである。おそらく雨の日の直後(きょうもそうだったのだが・・・)はほとんど登攀は不可能だろう。「ヒメサユリ山の会」と書いてある小さなピンク色のプレートを見つける(きっとヒメサユリとは似ても似つかぬオ○サンばかりの会だったりして・・・などと不届きな想像をしてしまう)。この急登を登って、しばらくなだらかな道が続き、最後の急登(といっても、先ほどの信じられないくらいの登りとはぜんぜん違う)を過ぎると頂上はまもなくである。
頂上は展望はないが、そこからしばらく白石峠側に数分あるくと展望のある平地に出る。ここからは桧洞丸側も見えるが、道志側の展望がよい。先日登った赤鞍ヶ岳はもちろん、道志山塊よりも大室山のほうが標高がたかいため、旧秋山村集落が山越えに展望可能である。道志の山に登ったことがあれば、ちょっと感動するだろう。
さてここからひたすら犬越路へと下り、そこから東海自然歩道に合流して、西丹沢へ下山すれば何も問題ないはずであった。しかし、最後の最後まで歩いてみないとわからないのが登山というものである。もう全行程の95%くらいを消化し、あと400mで用木沢出合、つまり舗装された林道へ降りられる、というところで躓いた。

橋が流されて存在しないのである@_@
さあ、どうしよう。
困った・・・・・
帰れないぢゃないか・・・・・
筆者はここで「詩経」の一節を思いだした。ここがなみの登山者と筆者との違いである(爆)。
「深ければ厲し、浅ければ掲す」そう、川が深ければ着物をたくしあげ、浅ければ裾をからげて渡れ、という教えである(うんうん)。というわけで、筆者はGOROのC-7でそのまま激流に突っ込み、徒渉したのであった。
先日の読了
「一冊でわかる 論理学」岩波書店 ?
本書、ところどころ面白い箇所あれど、論理学の本なのに筆者がどうしても理解できない箇所が二、三あった。その理由はいくつか考えられる。
1)原書が悪い
2)翻訳が悪い
3)論理学という学問が悪い
4)筆者の頭が悪い
4)の可能性がたかそうなのだが、2)も捨てきれない。もういちどゆっくり読むとわかるのかもしれない。
本書、「神の存在証明」のさまざまなバリエーションが出てきて、この問題がキリスト教圏において、重大な問題だったということが伺える。そして、その証明は論理学的にはすべて荒唐無稽なものであった、ということは、この学問の発達のひとつの動機がそれを証明することだった可能性がある。
しかし、それを愚かだと笑うことはできない。現人神を否定すると磔にされた時代が日本にもあったのだから。