恩師が急逝された。
十年間親しく謦咳に与った、唯一の弟子ともいえるだけに、たいへんショックを受けたのだが、急遽予定を変更して、妙義山へ行ってくることにした。なぜなら恩師は上州の出身だからである。
妙義山へ行くにはまだ腕の筋力トレーニングをしないといけないと思っていたのだが、時間がないのをカネで解決するのがオトナの流儀ということで、ふたつのツールを準備して備えることとした。ひとつは、以前から持っているキャラバンのGK-26という軽登山靴。これには、クライミングで有名なファイブ・テン社のステルスソールという、フリクションのよいラバーが採用されている。もうひとつは、ハーネス(猿股みたいなもの)であり、これにスリング(短いロープの輪)とカラビナ(金属の輪)を使って、鎖にビレイ(確保)を取れば万が一の転落の保険となる、という読みであった。
かくして西上州へ。コースは、金洞山から白雲山へ縦走するという、表妙義の最難関ルートである。
松井田の駅から登山口の中之岳神社へタクシーで到着。

轟岩という岩陵へちょっと寄り道してから、金洞山に向かう。金洞山は東岳、中之岳、そして西岳の三つの山から成る。そして、西岳の隣の稜線には星穴岳が、金洞山の東側には金鶏山がある。西岳には登山道はなく、金鶏山は下の道路への落石防止のため、星穴岳は危険なため登山禁止になっているという。ところが・・・
中之岳神社からは関東ふれあいの道が、中間道(安全な周遊路)に向かって伸びている。これを途中までゆき、中之岳の稜線に乗るところでこの道と分かれる。その付近に、「上級者でも転落死亡の危険あり、引き返せ」という標識が四、五もある。そんなことはわかっているって・・・しかし、この看板群が筆者を遭難の一歩手前に追い込むことになる。
しばらく進むと地図上で「稜線のコル」と書いている部分へ到達する。ここに、左(北西)に向かうルートがあり、トラロープで「立ち入り禁止」とある。筆者はこれを先ほどの警告看板群と同様のものとみなし、ロープをまたいで先に進む。「こんな警告ばかりでうんざりだな・・・」という思いであった。
そこからまもなく岩壁を登る箇所に到達した。ロープは張ってあるものの、ルート探しがむずかしそうだ。しばらく考えていると、うしろで人の声がする。みると、かなり年季の入ったおじさんが「奥から斜に登ればいい」とアドバイスをくれた。
「どちらまで行かれるんですか?」と聞かれ、「縦走する予定です」と答えたのだが、その時まだ筆者はこの質問の意味がわからなかった。この岩壁を登り、もうちょっと進むと岩峰の頂上に出る。先ほどのおじさんのほうが早そうだったので、筆者はここで地図を取りだし、写真を撮って場所を確認する。よくわからなかった(この原因はあとで記す)。
下りにかかると、かなしやばそうな、半分崩れたような急坂に出て、ここで先ほどのおじさんにまた出会う。「どこまで行くんですか?」と再び聞かれたので、「鷹戻しから白雲山のほう」と答えると、おじさん曰く、「こっちは星穴岳だよ!」 @_@
(たぶん)西岳からみた星穴岳

おじさんに礼を言って先ほどのトラロープまで戻る。たしかに、ここから右(北東)へ向かう、明瞭なルートがある。これが中之岳に登る正規ルートである・・・しばらく進むと中之岳に到着。ここから東岳、相馬岳と縦走するが、東岳への登りとそこからの下り(鷹戻し)が最も危険な場所とされている。
しばらく下ってまた登りになると、垂直に近い二連の鎖場がある。これが危険マークのついているところだが、この鎖では筆者もさすがに身の危険を感じ、カラビナを鎖にかけ、慎重に登って行った。ここは滑りやすく、全ルートで最も緊張した箇所であった。
ほどなく東岳に到着、そしてここからの下りが有名な「鷹戻し」、死亡事故が数多く出ている箇所だそうだ。全部で50m、たしかに高度感はあるが、足がかりも豊富でまったく危険を感じなかった。従って、鎖にビレイを取る必要も感じなかった。

鷹戻しを過ぎてしばらくすると相馬岳の頂上に着く。ここで昼食。
かなり疲労を感じてはいたが、西岳へ往復のロスを入れても、予定時刻よりかなり早く到着していたので、何とか頑張って白雲山まで縦走を決定・・・と思いきや、どこのピークも同じようなかんじなので、白雲山のピークがどこか見落とす。地図で確認すると、どうやら頂上を巻いて通過してしまったかんじである。
さて、ここからの下山路に二箇所危険個所があるはずである。一箇所のポイントは難なく通過。たしかに、25mx2ルンゼ、鷹戻しに比べるとグレードは低い。しかし、白雲山への登りは、鎖がほとんどない、岩壁の直登がいくつかあった。交通の便を考えると中之岳神社から妙義神社へ縦走した方がいいのだが、難易度はこの逆コースのほうがたかそうだ。
ようやく奥の院へ降りる30mの鎖に到達。慎重に降りてゆくが、足がかりは豊富。おまけに途中で休める段差がいくつもある。ここもビレイをすることなく、鎖だけで降りることに成功。降り立った場所には樹齢数百年の立派な杉の大木と、洞窟があり、その洞窟の中に妙義神社の奥の院があった。ここで、恩師の冥福を祈った。

こんかいの反省は、事前に地図読みをしていかず、分岐でしっかり間違った道へ行ってしまったことである。登山地図は、1/25,000のものにしても、地形がよみづらい。ちゃんと国土地理院の地図を買って、きちんと地図読みを事前にしてゆかねばならない。今回のコースは危険度の高い(妙義山は今や谷川岳を凌ぐ、全国一の遭難多発地区だそうだ)コースであったが、筆者はまったく遭難する気がしなかった。でも、今思うと、あの星穴岳に向かったおじさんには、恩師が会わせてくれたような気がしている(あの時間に、鷹戻しから逆コースで星穴岳方面に向かう登山者など、滅多にいるわけがない)。
逆に、ハーネス、スリング、カラビナのセットはほとんど出番がなかった。でもそんなものだろう。いざというときのバックアップがあるというのは安心だ。それよりも、今まで大して履いていず、何となく愛着も感じられなかったGK-26だが、これは乾いた岩場では絶大なフリクションを発揮した。「妙義山スペシャル」と名付けてもよいのではないか。両神山八丁尾根コース、赤岩尾根・大ナゲシ、そして妙義山のような西上州岩陵コースではこの靴が最強だろう。さすがに、夏といえども八ヶ岳や北アルプスへ履いてゆくのはちょっと不安があるが・・・重登山靴に慣れている筆者からすれば、あの底のぺらぺら感はやや不安をかんじた。
先日の読了
アントニオ・ネグリ「アントニオ・ネグリ講演集(上)(下)」ちくま学芸文庫 C
何を言っているのかわからない箇所が結構ある。講演でこんなことを言われて理解できる聴衆がどれだけいるのだろうか・・・もっとも、イタリア語、英語あるいはフランス語と日本語の構造のちがいの問題かもしれないし、単に翻訳がわるいだけかもしれず、詳細不明である。マルチチュードを巡るネグリの最新の考え方を理解するのは適当な本かもしれないが、一般的には「帝国」「マルチチュード」そして計画されている次の書物を読むだけで十分ではないだろうか。この二冊を読了してなおかつネグリに惹かれるかたは読んでもよいかもしれないが。
本書でも展開されているマルチチュードというものに対するネグリの考え、そしてその問題点については、余力があったら再び取りあげてみよう。