文字通りの意味である。
テント山行の予行演習として、本番に担ぐのと同様に一式背負って八ヶ岳の観音平へ向かう。23時過ぎ、ヘッドランプのみの明かりを頼りにテント設営。地面は駐車場だったのでペグは打たなかった。
暑い・・・入口を開け、メッシュにする。しかし、だんだんと気温が下がってゆく。0時過ぎには入口を閉めるも、1時頃にはだんだんと寒くなってきたため、シュラフを取りだす。何だか2時くらいに団体が下山してきたような声が聞こえたのだが、あれは空耳だったのだろうか? ペグを打たなかったのでテントは強風でずれるし、まったく眠れない。4時に目覚ましを掛けるも、起きる気にならず、5時過ぎにクルマが次々と到着、ここでテントを撤収して朝食を食べようとするが、食道で支えてしまって(筆者にはときどきあることだ)どうしても食事が通過しない。唾液は嚥下できないし、どうしようもなく苦しくなりここで十数分消費。結局歩き始めたのはほとんど6時ちかくになってしまった。
ここから南八ヶ岳遊歩道を東上する。6時半頃に甲斐小泉からの道と合流。ここを右、つまり甲斐小泉方面へ向かえば八ヶ岳神社、左に向かうと目指す権現岳となる。当日の目標は、10時までに権現岳に到着すれば(本来は4時起きすれば9時には着くはずであった)そのまま気レット越えをして13時頃に赤岳に着く予定であった。
が、いつも荷を軽量化しているせいか、しんどくて仕方がない。水を3kg背負っていたのでこれを捨ててしまいたい衝動に駆られるも、じっと我慢した。じっさい、これから水を2kg消費してしまうことになる。焦らずゆっくり歩くこととする。見通しの利かない樹林帯が続く。しばらくすると尾根に乗り、先日降りた甲斐大泉への尾根が見えてくる。そこからまもなくヘリポートへ着く。

そこからやがて尾根の左側の見通しがよくなってくる。編笠山の全貌がはっきりしてくる。

木戸口公園を経て三ツ頭へ到着したのが9時34分。権現岳への到着は結局10時20分過ぎになって、目標の10時には届かなかった。この時点で赤岳まで行くのは天候の急変も考えられたため断念、ここから先日の逆コースでギボシ、ノロシバと過ぎ、青年小屋に向かう。
青年小屋からの押手川までの下りが非常に辛く、急にスピードが落ちてしまった。もともと下りは得意ではないが、このところ下りになると途端に足の疲労が出て、スピードが極端に落ちるということが続いている。どうしてなのか、ずっと考えていたのだが、それは膝の痛みが出てからのことであることに気付いた。下りの着地の際に関節それ自身に頼ることなく、なるべく四頭筋を使って衝撃を吸収するような歩行をしているため(またそうしないと膝を痛めるという恐怖感があるのでどうしてもそうなってしまう)、四頭筋への負担が非常にかかっているのであろう。これはトレーニングを繰り返し(心肺機能ではなく、筋力の問題だから)克服するしかなかろう。同じように荷を負うと苦しいのは、心肺機能のためではなく、これも筋力不足のせいであろう。
押手川からは傾斜も緩やかになり、富士見平への道を分ける雲海までは30分程度。ここからも何とか無事下山することができた。
さて、着々と準備中である。