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死刑執行

 アムネスティ日本支部からのメール。無断引用禁と書いてないので引用する。

「7月28日、東京拘置所の陳徳通さん、大阪拘置所の山地悠紀夫さん、
前上博さんの3人の死刑確定者に対して死刑が執行されました。
山地悠紀夫さんと前上博さんの二人は、2009年2月以降、執行の危
険性が高まっていたため、アムネスティは緊急行動(UA)の対象と
していました。二人とも、裁判の途中で本人が控訴を取り下げ、第
一審の死刑判決が再審査されないまま死刑が確定したケースです。
特に山地さんは、責任能力を認めた鑑定結果について、その信用性
に疑問が指摘されていました。

陳徳通さんについては、日本語が不自由なために、裁判において十
分な審理が受けられなかったと指摘されています。死刑確定後は、
恩赦の出願を行い、今後再審請求を行いたいとの希望も持っていた
そうです。

昨年10月、国連の自由権規約委員会は、日本政府に対して、死刑判
決について必ず再審査を行う制度を導入するよう求めるとともに、
「世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討し、必
要に応じて、国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきで
ある」と勧告しています。

また、近年、志布志や富山・氷見の冤罪事件が明らかになり、今年
に入ってDNA鑑定に誤りがあった「足利事件」の再審開始が決定され
ています。これらの事件では、代用監獄や捜査取調べ中の自白強要
など、数々の人権侵害が報告されています。また、「足利事件」と
同じDNA鑑定をもとに死刑判決が出され、昨年10月に死刑が執行され
てしまった「飯塚事件」の久間三千年さんについては、遺族が死後
再審の準備を進めています。

死刑制度を含む日本の刑事司法制度の見直しを求める声が国内外か
ら挙がっていますが、日本政府はそうした声に背を向け、ここ3年
ですでに30人を超える人びとを処刑しています。アムネスティは、
日本政府に対して、死刑の執行を停止し、死刑廃止に向けて歩み出
すよう求めています。」

 この再審請求の話、たぶんふつうのメディアでは報道されないのだろうな・・・

 大岡昇平の文章の中に、フランスの哲学者(だっけ?)の語りが引用されていた。

「忘却というのは、、、究極の復讐であると共に、許しでもある、、、」

 たしかに、遺族にとって、肉親を失ったことそれ自体、そしてそれによる悲しみ、そして犯人に対する怒りは、忘れがたいものだろう。倫理的にも忘れることは故人への裏切りのような気がして、罪悪感を抱くのかもしれない。
 しかし、喪失感は決して埋まることはなく、悲しみは消えることがなくとも、「怒り」は忘れなくてはならない。「怒り」を忘れることは、決して故人への冒瀆ではない、そのような価値観を社会化してゆくことがコンセンサスとなればいいのだが(当然、筆者はこの文章を書いているときに、自分の肉親が非業の死を遂げることを想像し、それを念頭においている)。そういう方向へ世論が進むことは、ないのだろうか? どうしてマスコミは、遺族の怒りをかき立てるような報道しかしないのだろうか? 厳罰化が遺族感情の慰撫に、ほんとうになるのだろうか?

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2009年08月07日 00:28に投稿されたエントリーのページです。

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