受傷から三ヶ月、ようやく握力が20kgを超えるようになった。リハビリを続ければ完全回復するのか? まだ回外・回内も、掌屈・底屈もROMがかなり制限されている。最終的に手術(関節鏡)が必要になるかどうかは、まだわからない・・・
こんかいより本の評価をもう少し細分化することとした。B評価を三段階とし、B1・・・Aに近いB評価、B3・・・Cに近いB評価、とする。
最近の読了
塚崎幹夫「星の王子さまの世界」中公文庫 B2
加藤典洋「アメリカの影」講談社文芸文庫 B3
坂口菊恵「ナンパを科学する--ヒトのふたつの性戦略」東京書籍 B1
「星の王子さま」は、間違って買ってしまった本。気付いたら袋の中に入っていた。当然ながら本書は「星の王子さま」の読了後に読むべき本である。本書を読む上で注意したいのは、本書は演繹的な視点から書かれているわけではない、ということである。サン=テグジュペリの伝記的な部分は、そこから「星の王子さま」の真意を導くために用いられているわけではなく、著者の読みをサポートする傍証として引用されていることに留意すべきだ。つまり、すべては著者の原典を読み込むためにあるのであり、質の悪い評論家(小谷野某など・・・ゴメンナサイ)のように作家の伝記から作品の意図に迫るという「反則」を犯しているわけではない。
加藤典洋の「衝撃のデビュー作」、今読むとまったく衝撃とは感じない。それも、本書で槍玉に挙げられている江藤淳にとってアメリカが特権的な地位を占めていたと同様、加藤にとってもそのポジションは違えど、同様であるからである。
筆者が考える日本における真の黒幕は、アメリカなのではなく(いやアメリカであることは確かなのだが)資本主義であり、そして資本主義を支えるキリスト教文化であり、労働の特権化、とりわけ労働にこそ人間の自己実現はあるとするイデオロギーである。筆者がソルジェニーツィンの「イワン・デニーソヴィチの一日」を称揚するのは、それが労働を賛美しているからではなく、どんなに絶望的な状況であっても、何か(本作のばあい、それは労働であった)を成し遂げることで、生き甲斐を見つけることができるのだ、というメッセージのためである。いわば、その生き甲斐が労働であったという事実は、強制収容所にいるわけではない現代人の多くが労働を生き甲斐にしている、という現実に、鋭い皮肉を突きつけているとも読めないか、と筆者はおもう。
菊坂氏、日経BPに面白いインタビューを載せていたので、読んでみる気になったが、若干のイヤミが鼻につかぬでもない。ひとつは、日経のインタビューに顔写真を頻繁に上げていること。「自分が二十歳くらいの時にしばしばナンパされるのが嫌でしかたなかった」と語る彼女が、わざわざ現在の写真掲載(しかも一度のみならず)に許可を与えたことは、何を物語るのか。もうひとつは経歴のところ、「高校卒業後、フリーターを経て東大入学」とあることである。著者のアタマのよさを誇示するような経歴を誇らしげに書くその真意は?
内容、前半は面白く、後半はつまらなかった。しかし神経内分泌学の予備知識があまりない読者にとっては、後半のほうがむしろ面白く読めるかもしれない。本書のバックグラウンドとして社会構築的なフェミニズムが飽きられて、E.O.ウィルソンに端を発する生物学的アプローチが見直されていることは、本書にも述べられているが、その潮流に乗ったところが本書の面白さを押し上げていることは著者にとって幸いであったであろう。
本書の主張は、副題のように「ヒトのふたつの性戦略」が人類の繁栄に寄与してきた、ということである。ヒトをサルのように生物学的視点から研究する、というアプローチとその結果については、そういう発想から遠いところにいたヒトにとってほど面白く読めるであろう。あの名著「ソロモンの指輪」が人間に適応されたらどのようになるか、本書を読む前に想像してみると面白いかもしれない。