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小説家夏目漱石

 大岡昇平が好きである(「へい」の時は、「苹」からくさかんむりを取った字を、彼は好んでいたのだが)。

 そんなことを言っても、別に特別なことを言っているわけではない。埴谷雄高を除けば、彼は戦後まもなく作家活動を開始した「第三の新人」たちの中では、その筋目のよい交友関係(小林秀雄や中原中也など)や、その文体の端正さから、「未だに全集が出版されている」ごく少ない作家なのだから。

 文体の端正さは、思想の端正さに繋がる。破綻のない、論理的な文章は、それだけで内容の確からしさを確信させる作用があるし、文章を読んでいて気持ちがよい。ただ、それがより強く出ているのは、評論よりも小説である、というのも、高橋和巳と共通するものがあって興味深い。

最近の購入
 大岡昇平「疑惑 - 推理小説傑作選」河出文庫
 井上靖「歴史小説の周囲」講談社文芸文庫
 埴谷雄高/大岡昇平「二つの同時代史」岩波現代文庫
 フレイザー「火の起源の神話」ちくま学芸文庫
 ダーウィン「種の起源(下)」光文社古典新訳文庫
 飯島渉「感染症の中国史」中公新書
 荒このみ「マルコムX」岩波新書

久しぶりに新書を買った。

最近の読了
 大岡昇平「小説家夏目漱石」ちくま学芸文庫 B1
     「疑惑」河出文庫 C

 「もう小説家として彼から学ぶものは何もない」と言いきってしまうところは凄いなーと思うのだが、漱石が切り開いた日本近代小説の領域を画期的なものと評価しながら、一方でその限界をも指摘しているその視点が、文芸評論家としてではなくあくまで実作家としての視点に基づくことが興味深いところである。最近は前田愛にはじまるポスト構造主義的な文芸評論が日本に定着し、漱石も新しい目でみられてきていると思うのだが、この時代は江藤淳氏が圧倒的な影響力を持っていたようだ。その江藤氏とはじめとする文芸評論家たちの「モデル探し」を大岡氏は徹底して拒否の姿勢を示す。それは何よりもモデル同定の陳腐さを作家として熟知していたからに他ならない、と筆者は思う。モデルが劇的であるかどうかが問題なのではなく、それをどう切り取って小説に仕上げてゆくかが問題なのであり、大岡氏と同じ俘虜体験をしながら「俘虜記」も「レイテ戦記」も誰もが書けるわけではないのは、当たり前の話なのである。

 そんな氏のミステリー集、読ませるところが無きにしもあらずだが、はっきり言って面白くない。他のミステリー作家のものを読むべきだろう。

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2009年12月22日 00:11に投稿されたエントリーのページです。

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