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種の起源&感染症の中国史

 このところ読書の量が急激に落ちている。その理由は多々あるが、仕事や他の趣味(登山やカメラなど)のことに関しての、必要とする情報量が増えていることが大きい。もう一つ他の要因として、今まで使っていた本屋(リブロ池袋店)が改装したこともある。以前は人文・社会のコーナーで、実力のある店員さんがお勧めの本をピックアップしていたのが、明らかに質が落ちた。そういうこともあって、最近入手する本のほとんどは、値段のこともあって文庫になっている。それに最近の文庫の質はますます上がっていて、古典が比較的豊富に読めるようになっている。人文系の新刊を読む必要性を感じない、ということも大きな理由としてある。何のことはない、現代の(言論界の)潮流を知ることに飽きてしまったのだ。むしろ、分析するツールとしては、一世代以上前のもので十分、そう思うようになってきている。具体的に言うと、フーコー以前、ということになろうか。

最近の読了
 チャールズ・ダーウィン「種の起源(上下)」光文社古典新訳文庫 B2
 飯島渉「感染症の中国史」中公新書 B2

 このダーウィンの歴史的名著を、例の茂木健一郎氏が絶賛しているが、筆者的はそのお勧め度をそれほど高くは評価しない。本書およびその解説を読むとわかることは、進化論という考え方が(これは150年を経た現代でもかわってはいないが)キリスト教の大きな制約を受けていたこと、進化論という考えをする学者は他にもいたこと、進化論を実証するためには分類学や地質学といった他の分野の最先端の成果を利用する必要があったこと、「種の起源」のなかで多くが割かれているのは、その立証であったこと、などである。そして、解説によると、ダーウィンの唱えた進化論を正確に理解できたひとびとはそれほど多くなかった(これも現代ですら当てはまる)ことも書かれている。
 まあ、そのことを理解するために、本書をわざわざ買って読む必要があるか、というところで、筆者と茂木氏の意見が分かれるのであろう。歴史的な金字塔であることに異論はない。

 「感染症の中国史」のほうは、歴史書であるというよりも、それこそフーコー的な史観で書かれているところが特色である。公衆衛生が極めて権力的な側面を持っている、という観点で書かれた本としては、例の「デブの帝国」や「強制された健康」がある。史実はもちろん興味深いものであるが、国家による身体の規律という視点は、いまさらという気がしないでもない。

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2010年01月24日 17:38に投稿されたエントリーのページです。

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